挫折
そもそもブルーベリーは昔から供給過多で、特に最近は物余りが激しいこと、このクオリティに対してこの定価ではリピーターを獲得するのが明らかに困難なこと、ラベルを含め全体的なプレゼンテーションが弱く、こだわりポイントを明示できていないことなど、次から次へとダメ出しが繰り出される。
早い話が、卸値を思いきり下げられるのなら取引を考えてやらんでもない、ということらしい。
ぴったりと貼り付いてしまった上下の唇をこじ開けて、僕はなんとか喰らいつこうと踏ん張った。
「っとっすね、値段は、申し訳ないすけど下げられないっす」
萎縮しっぱなしの闘魂を鼓舞して、崖下へ飛び降りるような心持ちで強気に出てみる。
「裏面の表示を見ると、ゲル化剤とか添加物は入っていないみたいだけど? 混ぜものを入れたら、それなりに安くできるんじゃないの?」
うなじのあたりがカッと火照った。首元のネクタイが急に窮屈に感じられて、結び目を人差し指で無理矢理緩める。
「いや、あのっすね、原材料はブルーベリーと、必要最小限の砂糖だけにしたいんすよ。混ぜものを入れるなら、僕がつくる意味はなくなるんで」
「そうですか。それじゃ、今回は残念ですが」
ふと彼の背後の壁に掛けられた時計を見ると、商談の終了予定時刻まで十五分以上も残っている。
早々と破談の結論が出て、これほどまでに居心地の悪い雰囲気のなか、こんなにも長い時間、一体何を話せば良いのだろう。
こちらが途方に暮れていることを素早く察知したらしい彼は、少し表情をほころばせて「退場しても大丈夫ですよ」と、嫌に優しく語りかけてきた。
これ以上こいつとは話すことがないと、見切りをつけたに違いない。あの値踏みするようなおっかない目つきは、今やすっかり鳴りを潜めている。お眼鏡には叶わなかったというわけか。
僕はジャム瓶とスプーンを紙袋に突っ込み、か細く「あざっしたぁ」とだけ言い残すと、逃げるように会場を後にした。
さっきのトイレへ駆け込み、再び個室にこもる。
(初めての商談で、見事なまでに鼻っ柱を折られる。残り三社との商談が憂鬱で仕方ない)
紙袋から取り出したメモ帳に、分からないなりにも今の感情を書き留めてみる。
続きを綴ろうとして、やっぱりやめた。胸中を埋め尽くすこの不快な「何か」が、悔しさによってもたらされたものなのか、情けなさによって発生させられたものなのか、全くもって判然としなかったからだ。
結局、案の定とでもいうべきか、残り三社との商談も見事なまでの敗北を喫した。端にも棒にもかからない、とはまさにこのことだ。
(この数年間の苦労は一体なんだったんだ……)
一刻も早く落ち着きを得たくて、会場からほど離れた人気のない廊下へ移動する。
暗がりのなかで白蛍色の光を放っている自動販売機の前に立ち、スポーツドリンクを購入。
水筒の中身は、ふたつめの商談が始まった時点で空っぽだった。今日は死ぬほど喉が渇く日だ。
乾ききっていた喉を潤しても、動悸が落ち着く気配は全くない。首筋を伝う汗が、ワイシャツの襟にこれでもかと染み込んでいく。
ペットボトルを思いきり握り込むと、一時は落ち着けることに成功したはずの自尊心が、突如として壮烈な火柱を上げた。
(クソがッ!)
今更逆行した怒気を押さえつける間もなく、僕は鉄製の大きなゴミ箱に力任せの蹴りをお見舞いした。
瞬間、親指のつま先に激痛が走る。「あっ、あっ」と思わず情けない声を発して、ペットボトルをそっと地面に置き、革靴と靴下をゆっくりと脱ぐ。爪に走った細く小さい亀裂から、真っ赤な血がぷくっとにじみ出ていた。
今度は、まだ中身がなみなみ入ったペットボトルと、首からむしり取って丸めたネクタイを、憎たらしいゴミ箱の底めがけて叩きつける。
目の前の壁に点々とこびりついたシミが、自分そのもののように思えた。