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対峙

 僕は再び麦茶を呷ると、一思いに呼吸を止めて所定のテーブルへ向かった。


「はじめまして。ルプスフーズのオリバナです。今日はよろしくお願いいたします」


「あっ、はじめまして。青木ブルーベリー園の青木盤吾っす。よろしくお願いしゃす」


 こういう時、どんな二の句を継げばスマートさを演出できるのだろう。無理矢理口角を上げて、受け取った名刺をまじまじと見つめることしかできない。


(代表取締役って肩書き……、なんかすげえな)


 立ち上がった初老男性は想像以上に背が低く、僕の胸の位置に頭があった。


少しだけ薄くなった頭髪をオールバックにセットし、手首には数珠に似た細身のブレスレットと、いかにも高級そうな金の腕時計。


 赤茶色の肌を包む糊の効いたワイシャツは、僕の着ているものと同じ白なのに、まるで別物に見えた。


 小ぶりな体躯に反して、覆いかぶさってくるような存在感を放っている。目はにんまりと笑っているにもかかわらず。これが修羅場をくぐり抜けてきた男の凄みってやつか。


僕はふいに、図体ばかりでかくて中身の伴っていない己の小ささを恥じた。


「おかけください。じゃ、早速ですが説明をどうぞ」


 さっきまでの表面的な笑みは完全に消え去り、値踏みするようにこちらの一挙手一投足を観察している。その目つきは、大木の幹や枝にしつこく絡みつくアオノキを連想させた。


 僕はさりげなく喉仏を鳴らして、紙袋のなかから、瓶詰めのブルーベリージャムと、封に収められたプラスチックスプーンを取り出した。


 あらかじめ練習しておいたプレゼンをたどたどしくこなしながら、ジャムとスプーンを机の上に置く。


 手を伸ばしてスプーンを掴み、その封を開け、それから瓶の中身をすくって口に含んだ彼は、微塵も顔筋を動かすことなく、「うん、とても美味しいと思います」と、確かにそう言った。


 よし、これならいける。あとは焦らず、だけど素早くリールを巻き取ってフィッシュオンだ。


 自分が栽培しているブルーベリーの特徴について前のめりになって説明していると、


「ちょっと待ってください。それより……」


 こちらの早口言葉を遮り、商品規格書を提示するよう要求してくる。


 慌てて紙袋のなかに手を突っ込み、瞬時に青ざめた。しまった……。よりによって、一番大切な書類を入れ忘れているじゃないか。


「あの、すんません。忘れてきちゃったみたいっす」


 小学生の頃、宿題を忘れて先生に怒られた時のことを思い出す。


 特に驚く様子もなく、手元のメモ用紙を一枚破いて、「それじゃ、ここに下代と上代を記載してください。あとロット数も」と彼。


 僕は汗でベタつくペンを握りこんで、要求された情報を記載した。


 すると彼は、素早く受け取ったメモを一瞥してから再度ジャム瓶を手に取り、裏面に顔を近づけてしげしげと見つめ始めた。


  よしよし、きっと、あまりのクオリティーの高さに面食らっているに違いない。なにせ、伸び切って使い物にならなくなっていた七百株あまりのブルーベリーの株を全て一から剪定し直し、三年以上もの年月をかけて結晶化させた自信作だ。


 一時は畑を手放しかけた父さんも、このジャムなら農園を立て直す立役者になってくれるはずだ、と太鼓判を押してくれた。母さんの三十年来の並々ならぬ思いだって、ギュウギュウに詰まっているんだ。どこへ出したって引く手数多に決まっている。


「いるんだよねえ。こういう売れないものを一生懸命つくっている生産者さんって」


 ラベルにプリントされたブルーベリーの版画調イラストを見つめたまま、彼は溜息混じりにそうつぶやいた。


 今のは聞き間違えか? 心臓がキュッと縮まった感じがした。

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