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鉱脈

 「新規就農者かな?」


「あ、はい、まあ」


 近くにいた女性職員にマイクを渡され、親の耕作放棄地に近いブルーベリー園を受け継いで立て直している旨を、言葉少なく伝える僕。


「へー! それは凄いですね。見上げたもんだ。圃場の面積は?」


「あ、えっとー、一ヘクタール半くらい、っすかね」


 意味もなく指を折り曲げて数を数えながら、僕は改めて自分のスケールの小ささを自覚した。顔がみるみる火照ってしまう。


「へえ? 北海道の農家さんにしては随分狭い面積ですね。ハウスは持ってます?」


 ほとんど予想通りの返答と問いかけに、キュッと閉まった喉奥を無理やりこじ開けて返答する。


「いや、っとー、持ってないっす」


「ええ? 持ってないの? そっかぁ、それは厳しいなぁ。後半はハウスの導入方法や収穫量アップのコツについて説明していきますんで、ちゃんとメモを取っておいてくださいよ。今日は長丁場になると思いますけど、自分に足りないものをしっかりと学び取っていってください。はい、えー、それではですね……」

 



 数分後、長丁場になるらしい退屈な講習会をさっさと抜け出した僕たちは、駐車場に停めておいたレンタカーのなかにいた。


 頭上いっぱいに開放感たっぷりな青空が広がっている。


 早速今日の観察内容をメモしていると、助手席のゴローが言った。


「お前、まだ相変わらずそれやってんのか。性格悪っ! このエセ文化人類学者」


「っせー、ほっとけ」


 全く理解不能だと笑うゴローが、ミントガムを一粒口に放り込んで、それから僕にも一粒手渡した後、話題を変えた。


「ところで今日は本当にもういいの?」


「うん、もう十分」


「何かちょっとでも収穫はあった?」


「ちょっとどころじゃないよ。大収穫も大収穫。マジで来て良かった」


 意外そうなゴローの顔が、なんだか可笑しかった。だけど、今の言葉は本心そのものだ。


「だって、まずはハスカップだろ? あとはカシスにレッドカラントにブラックベリー。あと、なんてったっけ、あの黄色いやつ。ほら、そうそう、シーベリー。手つかずの鉱脈がまだまだこんなにたくさん残ってるんだから」


 誰もなったことのないものになる。それは、勇気を出して最初の一歩さえ踏み出せば、案外それほど難しいことではないのかもしれない。


 「鉱脈」という単語が自らの口を突いて出た瞬間、僕は自分でもびっくりするほど軽やかにそんなことを思った。


 ぼちぼち帰り支度を始めた札幌の太陽に目を細め、エンジンキーを回す。


 何かが始まろうとしている。そんな不思議な予感が、今日という日だけは、心に居座り続けてきた自己否定の総量を上回っていた。


 こんな気持ちになるのは本当に久しぶりだ。それこそ、記憶もおぼろげな幼少時代以来かもしれない。


 そのことが、無性に、無性に嬉しかった。

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