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相談

 このまま立ち話もなんだからと、彼は僕を画廊のなかに招き入れ、奥の談話スペースまで案内してくれた。


 僕はやけに高級そうな革張りのソファに腰掛けながら、もしかしたら何か買わされるんじゃなかろうかと、今さら考え始めて不安になった。そしてすぐさま、そんな疑りの予感を努めて打ち消す。


 そもそも僕は、今回の微々たる旅費を捻出することにすら相当苦労したほど、相も変わらず懐がすっからかんなのだ。


 押し売りも、詐欺も、そんな僕に対しては成立するはずもない。変な書類にサインでもしない限りは。


 テーブルの上には、紅茶の入った白いカップがぽつんとふたつ。それぞれから絹みたいな湯気が立ち昇っている。


 カフェインが苦手なことを今さら伝えられるわけもなく、僕はカップの淵に唇をつけた。


 周囲には、値札にゼロが何個ついているのか恐ろしくて数える気にもならない、たくさんの絵画。


 このなかの一枚はもちろん、この陶器のカップひとつですら、僕が棚卸しのアルバイトをどれだけやったところで、手に入れるのは容易じゃないだろう。


 他に誰もいない静まり返った画廊内で、ダボダボの軍パン・穴の空きそうなボロボロのスニーカー・威圧的な骸骨のイラストがプリントされたバンドティーシャツという出で立ちのみすぼらしいフリーターと、パリッとしたスーツに身を包んだ高貴な画商が、テーブルを挟んで向かい合い、お茶を飲んでいる。


 そんなシュールすぎる光景を客観視して、僕は夢でも見ているような心持ちになってきた。もしかしたら、これは現実の出来事なのではなく、本当に夢なのかもしれない。


 とにかく、四十以上も歳の離れた僕たちは、お互いが驚くほどあっという間に打ち解け合ってしまった。理由は分からないけれど、やたらと波長が合うのだ。


 僕が函館市の隣町で親のブルーベリー園を引き継ぎ、半ば耕作放棄された園内を立て直している最中であること。


 親が歩んできたレールのひとつにただ乗っかるだけの人生は嫌で、新しい栽培品目にチャレンジしてみたいと思っていること。


 その未知なる品目を見つけるために、明日から講習会に参加したり、札幌市周辺の農家数軒を周ったりして検分を広めようと思っていることなど、ひとしきり自らのストーリーを語った。


 その間ずっと、彼は心底興味深そうな様子で相槌を打ってくれていた。


 こんなにも自分の話を真剣に聞いてくれた大人に出会ったのは、生まれて初めてのことだったように思う。


 ついつい舞い上がってしまった僕は、気がつくと彼に人生相談じみたものまでふっかけてしまっていた。


 心の奥底では、ずっと前から話の分かる大人に悩みを打ち明けたかったのかもしれない。

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