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吐露

 絵の強烈な存在感に惹きつけられたことを正直に話すと、彼は小さく頷いてから訥々と語り始めた。


「この絵は、かつてプロボクサーだった札幌市出身の青年が描いたものなんですよ」


 青年の絵は今のところこの一枚しか所有していないが、いつかこの画廊で、代表作を集めた個展を開きたいのだとか。


 青年は、ボクシングの試合中に起きた不慮の事故が原因で片目を失明し、以降は油絵画家に転向。


 驚異的な胆力で絵画の技術とセンスを磨き、精力的に作品を発表していった。


 新進気鋭の作家として注目を浴び始めたその矢先、


「あっけなく亡くなってしまったんです」


 とてもじゃないけど、作家の死因について聞くことはできなかった。


 しかし、そう話す彼の口ぶりからは、不思議と一滴の悲哀も感じ取れなかった。


「だけど、不思議と悲しくはないんですよ」


 僕の心の声に反応するように、そんなことを言う。


 もしかしたらこの人は、他人の心の内を隅々まで見通すことのできる才覚の持ち主なのかもしれない。絵の目利きである以前に、人間の目利きなのだ。


 どんなごまかしやおためごかしも、彼の前では一切通用しないだろう。僕はただただ「彼」という人間の見事さに感嘆するばかりだった。


 青年が悔いのない生涯を走りきったから、彼は悲しくないらしい。青年にとっては、満足した最期を迎えるための表現活動がボクシングであり、そして画業だったのだ。


 悔いのない人生……。満足した最期の瞬間……。


 ふたつのフレーズは増幅し続ける真っ赤なエコーとなって、僕の深部を強く、激しく揺さぶった。


「僕はその、なんていうか、彼が羨ましいっす、正直。僕も悔いのない人生を送りたいけど、一体何に打ち込むべきなのか、もう二十代半ばだってのに全然分からなくて」


 僕の顔をじっと見つめていた彼の目が、ふっと微笑んだ気がした。


 その眼差しには、年端の大きく離れた息子を慈しむような暖かい色合いが確実に含まれていた。


 僕を通して若い頃の自分を見ているのかもしれない。確信はなかったけれど、なぜだかそう思えて仕方なかった。

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