第97話 元司祭 #2
「はい。ただ、未識別の呪いを解呪する魔法は分かっていますから。黒燿の剣士にダメージを通すことは可能になるはずです。まず、失敗もあり得ません。私だけでなく、エルスも使用できますし、アガサも使えると聞いています。だから、その点では心配は要らないでしょう」
「なんだ……そっか」
「ただ、解呪の魔法はどれも、詠唱が長いという問題点があります。あの怪物を相手に、未識別の呪いを外す、ということに加えて、さらに死体を操る外法までを外せるかどうか……」
「戦いながら、ふたつも解呪の魔法を使わないといけないってことだね……。しかも解呪の魔法っていうのは、どれも唱えるのが大変で……」
ロイドが落ち込んだように言う。彼の見立ての通り、それは相当に難しい。
しかし、未識別の呪いによる無敵化を解除できれば、あの黒燿の剣士も怯むようになるはずだ。
つまりジェイやマイルズが黒燿の剣士に勝てるのならば。戦闘不能まで追い込むことができるのならば、解呪をしやすくなる。
が、事態はそれほど安易には進まないだろう。エルスウェンの父の強さは尋常のものではなく、そしてそれを操る魔族も、相当な手練れである。
そう考えていると、ロイドが訊いてきた。
「でもさ。未識別の呪いで、あの剣士は無敵なんだろう? それさえ解除できれば、もう……キャリスが死体を操る魔法を解呪しなくとも、倒しちゃえばいいんじゃないのかな。ジェイやマイルズが」
「そうできればいいんですが。黒燿の剣士は、倒せませんよ。きっとね」
「えっ、なんで?」
「肝心なことを、ロイドは忘れています。黒燿の剣士は、死んでいるんです。死体が操られている。その死体を殺せますか?」
「あっ……」
「そうなんです。無敵ではなくなっても、黒燿の剣士は操られている限り、主の指令に従おうとし続けるでしょう。動けなくなるほどのダメージを与えることはできるのかもしれませんが、死ぬことはありません」
「じゃあ、あんなにも強いヤツが動けなくなるほどダメージを与えて、その隙にキャリスがなんとかするしか、方法はないってことなの?」
「はい、おそらくは。そして、解呪をするためには、まず魔法消去をどうにかしないといけませんから……」
「……うわぁ、もう……頭がこんがらがっちゃうなぁ」
ロイドは、頭を抱えていた。
が、彼との会話のおかげで、やるべきことが整然としたのも事実だ。
まずは魔法消去をどうにかする必要がある。これは大前提だ。
次に、未識別の呪いを解呪する必要がある。これによって、あらゆる攻撃に怯むことがなかった黒燿の剣士に、初めて攻撃を効かせられるようになる。
最後に、死体を使役する外法を解呪する。
これで、エルスウェンの父は、魔族の外法から解き放たれるはずだ。
「で、キャリスは、ここでなにを調べたかったの? 結局」
「死体を操る魔法が使われた過去のケースについて、学び直したかったのです。外法を用いた事件というのは、迷宮内だけでなく――市井でたまに起きていたことでもあったのですよ。ここ三十年ほどは、ほとんどなくなったんですがね」
「……さっき、キャリスも見たことがあるって言ったもんね」
「はい。王都では、滅多にないことではありますが。ここから離れた田舎の町や、村など……そういった場所で起きていたことなんです」
嫌な思い出を再び拭いながら、キャリスは続けた。
「……大抵は、優れた魔法使いではなく、その道を少し齧った程度の者が人づてに聞いた方法などで試みようとします。そのせいで、結果としては、魔法に失敗して死人が半屍人となって蘇る程度が、関の山ですがね」
半屍人とは、生者ではなく、生ける屍として蘇ったもののことだ。
生半可な腕前で外法に挑むと、高確率で失敗する。本来ならば蘇生とは、聖堂が大掛りな儀式でもって取り組むほどのことなのだ。それを個人、あるいは同好会レベルで実行しようとしても、まず上手くはいかない。
そして外法に失敗すると、半屍人というものが生まれることがある。
一応蘇りはしたが、それは人格や理性を一切持たず、本能――大多数のケースが食欲である――に従って行動し、人に危害を加える。それが半屍人というものだ。
たとえば食欲で動く半屍人であれば、生肉を喰らおうとする。具体的に言ってしまえば、生きた人のことだが。
それはある意味、人工的な魔物とも言えるだろう。半屍人を作った術者が死んだり、その魔力が尽きると、生み出された半屍人も元の死体に戻る。
もしくは、半屍人の脳を破壊するか、首を切断する、という方法でもよい。
キャリスは続けた。
「魔族がどの外法を黒燿の剣士にかけて操っているのかは、分かりません。死体を操る魔法であれば、大きく分けて五つの種類があるんです。それら複数のケースに当たり、解呪のイメージを強く持てるようにならないといけません」
「だから、過去の事件を調べようとしてるんだね」
「はい。そういうことです」
「でも、それだけで、できるようになるものなの? 難しいんだろう?」
「ええ、難しいですが……私は、過去に使ったことがありますから」
「えっ――」
ロイドは、驚いた顔をした。
「それは……死体を操る魔法の解呪を?」
「はい。一度だけですがね……」
ロイドに答えると、キャリスは、拭おうとした過去が強くフラッシュバックしてくるのを感じた。
――ベッドに横たわる、母の死体を見下ろしている父の姿。その顔は仮面のように表情がなく、ただ、じっと佇んでいる……。
キャリスは、こめかみの辺りを揉んだ。ずれた眼鏡を直す。呼吸を整える。
それからなんとか、言葉を出した。
「……あまり、いい思い出がないのです、解呪の魔法にはね。私しか使えない、と言いましたが……その魔法に不可欠なイメージを、そのせいで築きにくくなっていて。正確に使用するには……私自身が、きちんとそれと向き合わねばなりません」
「そうなんだ……。キャリス、顔色が悪いよ」
よほど悪い思い出があるんだね、とロイドが優しく言ってくれる。
それに、頷き返した。
「ですが、私にしかできないことですから。過去のケースを洗い直したら、聖堂を訪ねてみるつもりです。あそこには、解呪の達人がたくさんいますからね。いくつかの助言ももらえるでしょう」
「そっか。……キャリス、でも、無理はいけないよ」
「いいえ、むしろ、無理のしどころですよ。エルスウェンたちも……彼らは彼らで、考えて、戦おうとしているんですから。私にしかできないことがあるなら……それを見て見ぬふりはできません」
答えて、キャリスはアミディエルを見た。
彼は本を検め終えていた。そっと、いたわりの言葉と共に、キャリスの方へと本を差し出してくれる。
「……キャリス殿。あの事件のことは、私も承知していますが。あまり無茶をなさらないように。あなたの責任ではないのですから」
「……はい。ありがとうございます」
アミディエルに頭を下げて、キャリスは本を受け取った。
外法が使用された、最新の事例に目を通す。
それは、十年前だった。
場所は王都グラレア。大司祭の自宅にて発生した。
五十二歳の大司祭は、流行り病で亡くなった妻を、秘密裏に外法によって蘇らせようとした。
外法は成功していた。
しかし、事態に気づいた司祭の息子――この息子も、聖堂の司祭を務めていた――が、母に掛けられた外法を解呪した。
そして。その息子の仕業に我を失った大司祭は、その場で息子を魔法で殺害しようと試みた。
結果として、大司祭は息子の反撃で命を落とすこととなった。
息子は無罪となった。正当防衛であることと、大司祭が外法を用いて死者を蘇らせたという行為の違法性が、考慮されたためだった。
事件後、大司祭の名は聖堂から完全に抹消され、その息子も司祭の職を辞することとなった――
淡々と本にまとめられているその文章を、キャリスはひたすらに感情を殺して、眺めていた。




