第96話 元司祭 #1
酒場でのエルスウェンのネタばらしのあと――王宮の書庫にて。
キャリスはアミディエル、ロイドと一緒に書物を当たっていた。調べておきたいことがあったからだ。
調べたいこと――それは、死体を使役するための魔法についてだ。
エルスウェンのネタばらしによって、黒燿の剣士は各種の解呪魔法を防ぐために魔法消去の加護を与えられている、ということが確定的となった。
未識別の呪いの解呪はさておき、死体を操る外法については、元司祭であるキャリスがどうにかせねばならない分野である。もはや、目を背けてはいられなくなってしまった。
キャリスは魔法に関する書物を収めた書架を、ひたすらに調べていく。
「ね、ねえ。キャリス。俺なんか役に立つのかなぁ。古語なんて分かんないけど」
足元で不安そうな声を上げるのはロイドだ。そちらは見ずに、答える。
「古語が分からなくとも、ロイドは必ず役に立ちます。私の手助けは要りませんから、ロイドは……そうですね、勘で。適当に、本を何冊か見繕ってください」
「て、適当にって。うーん、そんなこと言われてもなぁ……」
ぶつぶつ言いながらも、ロイドはキャリスの言う通りに、本を物色し始めた。
それを見ていたアミディエルが、なるほどと呟いた。
「……小人族は、神の祝福としか思えないほどの強運の元に生まれついている……」
それに、キャリスは頷き返した。
小人族の特徴としては、天性の陽気さと、手先の器用さがある。さらにもうひとつの特徴として、運の良さ、というものがあった。
キャリスの見立てでは、ロイドは小人族の中でも、まさに天運に恵まれているとしか思えないほどの強運の持ち主だった。他の小人族と比較しても、頭ひとつ以上抜きん出ているといっていい。
酒場でたまに行われるサイコロやカードを使った賭博では無傷で勝ち続けて参加禁止を言い渡されていたり、迷宮内ではその強運でもって、幾度の修羅場をくぐりながらも一度も死を経験していない……など。他にも様々なことがあった。
「今、当てになるのはロイドの強運だと思いまして」
キャリスが答えると、アミディエルはまた頷いた。
「こうした状況下では、理だけでなく……運否天賦に任せるということも、また大切だと思います。……おかしいですね。この辺りに、死霊術や外法の事例について纏めた書物があったはずなのですが……」
アミディエルは書架を眺め、背表紙を追いながら唸っている。
そして、彼は何気なくロイドの方を見た。
「ロイド殿。その本を、貸して頂けますか?」
「え? これ?」
ちょうどロイドが手に取っていた分厚い本を、アミディエルは受け取った。表紙を見て微笑し、中身を検めて、頷いた。
「キャリス殿。おっしゃったことを疑っていたわけではないのですが。ロイド殿は本当に、天運としか言えないものを持っていらっしゃるようだ」
「え?」
「これです。これが、外法について纏めてある本です」
アミディエルの言葉に、キャリスよりも驚いていたのはロイドだった。
「へー……。俺って、そんなに運がよかったんだ?」
他人事のような言葉に、キャリスは失笑した。
「毎回、奇跡を起こす度にそんなことを言っていますが。ロイドのその強運に、私たちパーティのメンバーは何度も救われているんですよ」
「へぇー」
という、上の空の返事も、いつも通りである。ロイドが迷宮内でなんとなく拾った未識別の石ころを解呪すると、大きな紅玉であったり。疲れたから休もう、と足を止めたところ、魔物のパーティの奇襲を凌げたり。
どこか頼りなげに見えないこともないこの小人だが、彼ともう十年ほどパーティを組んでいるキャリスには分かっている。ロイドは、ラティア、ベルハルトとは全くタイプが違うが、最高のリーダーのひとりでもあるのだと。
ひとまず、書庫の一角にある小テーブルのところまで本を持って行き、三人で本を開く。まずはアミディエルが目を通していく。
それを眺めながら、ロイドが訊いてきた。
「死体を操る魔法なんてものが、本当にあるの? キャリスは、そういうのについて聞いたことはあるわけ?」
「ええ。もちろんです。死体を操る魔法というのは、伝統的に魔族たちが得意としてきたそうです」
知恵を持ち、魔法を操る、人族に似た外見を持つ高位の魔物たちがいる。
それを魔族と呼ぶ。
ラークの母親であったという淫魔も、魔族のひとつである。
他にも、分かっているだけで吸血鬼、悪魔、妖魔などの魔族がいる。
ロイドは嫌そうな顔をした。
「魔族かぁ……。迷宮の奥にいるって言われてるんだよね? 昔は地上にもいて、争いごとが絶えなかったって聞くけど」
「そうです。元々光を嫌い、各地にある洞窟や、廃墟などに隠れ住んでいたそうですね。そしてたまに悪さをする……。ただ、紅髄竜インフォルムの襲来以降、魔族たちは姿を隠し、地上で姿を見ることはなくなったと伝わります」
アミディエルが言う。彼はページを手繰りながら、話を続ける。
「生態は謎に包まれています。ラーク殿の母君は、迷宮の第七階層を根城にしていた、とおっしゃっていましたね。よって、竜骸迷宮は、第七階層以降が魔族の住み処になっているのだと、今まで推察されてきました」
「第七階層か……ラティアたちのパーティも、まだ進んでないところだね。今まで、探索者と魔族って、戦ったことはあるの?」
「報告数は、とても少ないです。ごく稀に、浅い階層に出てきた魔族と衝突した報告が寄せられる程度で。ですから、魔族の生態や特徴についても、ほとんど分かっていない状態ですね。この外法についての書も、体系立てられた上で纏められたものではなく、今までに迷宮や市井で遭遇、発生した事例を纏めたものなんです」
「ふうん……。でも、そういう魔法を使われた、っていうことは今までに何度かあった、ってことなのか……。あっ、そうでないと、そもそも葬儀のときに死体を灰にしたりはしないもんね」
アミディエルに頷きながら、ロイドがひとりごとのように言っている。
今度は、キャリスに向かって彼は言ってきた。
「キャリスは元司祭だから……そういうケースを見たこともあるんだ?」
「あります。私の場合は、魔族が使ったのではなくて……人が、人を蘇らせようとしたところを、ですが」
「それって……」
ロイドが、ぞっとしたような声を出した。
「まさか、蘇生の儀式のことじゃないよね……?」
「はい。……十年前のことです。外法を用いて、死体を蘇らせようと試みた人物を……見たことがあります」
その出来事を経て、キャリスは司祭を辞めて、探索者を志すことになった。
今も心の裡に棘となって残る、思い出したくないことのひとつではある。
それを追い払って、キャリスはロイドに言った。
「黒燿の剣士に掛けられた魔法を外すには、解呪の魔法を使わねばなりません。それができる魔法使いは、私ひとりだけです。が……」
キャリスは、眼鏡を直した。そして、続ける。
「解呪には、その対象に掛けられた呪いや魔法に合わせた解呪の魔法を使わねばなりません。使用するイメージが、呪いによって異なるのでね」
ロイドは、眉間に皺を寄せた。
「なんか、難しいってちょっとは聞いたことがあるけど……それって、すごく大変なことだよね?」
「大変です」
「もし、その……呪いに対応していない、って言えばいいのかな。要するに、違う解呪の魔法を使っちゃったときは、どうなるの?」
「解呪に失敗します。単に失敗するだけの時もあれば、呪いによっては解呪の魔法に使用した魔力を吸収してしまい、さらに強力な呪いに変化する場合もあります」
「じゃ、じゃあ……。黒燿の剣士の呪いを外すのは、確実に成功させないとダメだね? 失敗したら、アレがもっと強くなるってこと?」
完全に怯えた顔をするロイドに、キャリスは頷いた。




