第95話 戦士たち #3
その間に、ベルハルトが言う。
「俺も覚えてるよ。その頃は、訓練所に通っていたからな。で、たまに顔を出して、稽古をつけていたりしたんだ、白銀の剣士は」
ベルハルトは、ファルクに言い訳をするように手を振った。
「知っていたら言っていたさ。伝説の白銀の剣士がまさか、エルスウェンの親父さんだったなんて、俺は全然知らなかったからな」
マイルズもそれに同意する。
「俺もまさか、あの剣士がエルスの親父だとは思ってなかったぜ。アイツは親父の話なんかしなかったからな。いや、迷宮内で行方不明になった親父の遺品を探したいって理由で探索者になったって言ってたから、親父は探索者だってことまでは知ってたが。それがまさか、白銀の剣士だとは思わなかった」
「おう。当時そうやって剣を教わったヤツらも、死んだり引退したりで、散り散りになったしな。俺の同期も、もうマイルズともうひとりか、ふたりかくらいしか残っていない」
ベルハルトの言葉に、マイルズは笑ってさらに付け足した。
「最強の剣士サマと、あのひょろいガキが結びつかなかったのが悪い。どう考えても、あいつは母親似だからな」
「ああ、間違いない。剣を振り回そうなんて顔をしてなさすぎる、エルスウェンは」
笑うふたりに、ファルクは訊いた。
「あの、他には? 白銀の剣士と呼ばれていたとか、数年で第九階層に到達したとか。それ以外のことは?」
「いや、そんなもんだ。俺が知ってて、聞いたのもな」
マイルズは首を振った。
「なんで……そんなすごい人なのに、そこまで情報が少ないんですか?」
ファルクの言葉に、マイルズとベルハルトは顔を見合わせた。
「活躍した期間が短いって言ったろ。その数年しか、活動してねえんだよ。あとはベルハルトが言った通り、探索者なんて当時から生きてまだ戦ってるヤツのほうが希少だ。二十年近く経ってるんだぜ? 他には……ほれ、流行り病とか、そういうことが後々起きて、王都の関心事はそっちに行っちまっただろ。あと考えつくのは……当事者が少ないってことだな」
ぐび、と水を飲み干して、マイルズは大きなげっぷをした。それから、言う。
「当事者のひとりの、エルスがなにも喋らないしよ。まあ、そもそも、アイツも良く知らないんだろうがな。産まれる前にいなくなっちまったんだから。あとはドゥエルメのオッサンも喋りたがらないからだな。そもそも未識別の呪いとやらでずっと正体もはっきりしなかったってのもあるだろうし、オッサンも悪くはねえか」
マイルズはグラスを手にしたまま、剣を振る真似をした。
「未識別の呪いってのは、よくできた話だよ。ドゥエルメのオッサンも、黒燿の剣士の太刀筋に覚えがあったのに、全然正体が頭に浮かんでこなかったってな。認知能力に影響を与えるんだな、アレは。それか、もうボケが始まったか」
マイルズの軽口は無視して、ファルクは聞き返した。
「じゃあ、あの。当時のエルスのお父さんを知る当事者は、ドゥエルメさんくらいなんでしょうか? 他にはいない?」
「だろうよ。俺には思い浮かばんね。アミディエルに頼んで、探索者の記録を見せてもらうって手もあるだろうが……それもあくまでも事務的な記録で、人となりまで分かるってわけじゃねえだろうよ」
「そうですか……」
マイルズの言葉に、ファルクは納得しかけた。が、すぐに事情を全て知っていそうな人物が頭に浮かぶ。
「その……エルスのお父さんがパーティを組んでいた人は? ひとりだけ行方不明になったって伝わっているってことは……パーティの人たちは探索から帰ってきたんじゃ?」
パーティを同じくしていた人なら、全ての経緯を知っているはずだ。
が、ベルハルトが首を振った。
「全員、死んだそうだぞ」
「え? なんでです?」
「マイルズがさっき言ったろ。十年かそこらか前の流行り病。当時の女王様も、旦那さんも死んじまって。で、あの今の女王様が即位してな。覚えてないか?」
「あ、ああ……。それなら、分かります」
ちょうど、ファルクは十歳頃だった。ファルクの父と母は無事だったが、親戚など、かなりの人が死んでしまったのは覚えていた。
そして、当時の女王と、その王配まで亡くなったことももちろん覚えている。厳密には、その時に行われた盛大な国葬のことをだが。
「それで、亡くなってしまったんですか? エルスのお父さんの、パーティの人は、みんな?」
「らしいな」
ベルハルトが首肯する。
となれば、手がかりはないのか。ファルクは落胆して、ため息をこぼした。
「お前らは、知らないのか」
マイルズが、小さく呟いた。
「なにをですか?」
「ラティアの親父は、探索者だったそうだ」
「そうなんですか?」
「ああ。小耳に、ちらっと聞いただけだけどな。探索後に呑んでたときに、ぽつりとこぼしてやがった。で、十年前の流行り病で、死んじまったそうだ」
彼の言葉は、聞き流せない響きを伴っていた。
そこに含まれているものに思慮を巡らせてから、ファルクは言った。
「まさか……。その。ラティアさんの、お父さんが……?」
「さあ、どうだかな。そこまでは突っ込んでねえよ。もしかして、と今引っかかっただけだ」
マイルズは誰にともなく、ひとりごとを言うように続けた。
「女だてらに女王守護隊に入り……いや、それ自体はあいつの腕を考えれば不思議でもなんでもねえが。王宮勤めには基本的に、コネがいる。となると、あいつの親父ってのが、王宮にもコネがあるような探索者だって考えられねえか……と思ってな」
言われてみれば、もっともな話だった。
元女王守護隊の探索者、ラティア。
彼女は一体何者なんだろうか。
年齢は二十四と若く、それでいて卓越したパーティをまとめる手腕がある。マイルズ、ドゥエルメも認める剣技を身につけている。魔法も扱える。だがそれは……はたして、誰によって鍛えられたのだろう。
考えれば考えるほど、答えはひとつに収束している気がした。
でもそれを、本人に訊ねるべきなのだろうか?
黒燿の剣士討伐には関係の無いことではある。
が……ファルクの胸の奥では、すべての物事が、どこかで繋がっているような――
そんな漠然とした不安感が、蟠っていた。




