第94話 戦士たち #2
二時間ほど、みっちりと稽古に取り組んだ後、ファルクたちは訓練所の食堂でやや遅めの昼食を取っていた。あのフラウムのパンケーキ(?)はたった一口だけでも妙に腹持ちが良く、全員がなかなか空腹にならなかったからだ。
ドゥエルメは王宮へと戻っていった。つまり、今は三人だけだ。
ファルクはパンを齧りながら、ふたりに訊いた。
「俺たち前衛は、一体どうやったらあの剣士に対抗できるんでしょうか」
「さあなぁ」
マイルズも黒パンを齧り、肉のごろごろ入ったシチューをかき回しながら曖昧に首を捻る。
白身魚の塩焼きから器用に骨を外しながら、ベルハルトも同じ調子だった。
「分からんな。マイルズの言う通り、時間稼ぎさえできればいいんだが、あの剣士はそれを悟ったら、即座に殺しにかかってきそうだ。下手をすると、後衛の企みまで見抜かれて、そちらを狙い始めるかもしれない」
「……恐ろしいですね。そうしてくるとしか、思えないですよ」
ファルクは、迷宮内でまず一番にアガサが殺されたことを思い出していた。
突如として現れた黒燿の剣士は、圧倒的な剣速で、少しの迷いもなくアガサを斬首した。続いて狙ったのは、カレンだったと思う。そのどちらも、機敏に反応したラークが守ろうとした。アガサは間に合わず、カレンはすんでのところで助かった。
あれは間違いなく、魔法使いを狙って殺そうとしていた。そうとしか思えない。
振り返ってみれば、ファルクが同行しなかった探索行――黒燿の剣士が初めて現れ、ザングが死亡したときも同じだ。
まず、黒燿の剣士に立ち塞がる形になったザングがやられ、次にリーダーであるロイド、魔法使いであるキャリスが狙われた。
つまり、もっとも戦闘力のある――しかし戦うことしかできないジェイを放置して、それ以外を狙ったのだとも言える。
それが偶然なのか、真相を断言することはできないが、やはり、偶然ではない……そんな気がしていた。あの黒燿の剣士は、ある程度の戦略をもって行動していると考えておかないと、いざというときにひどい目に遭うだろう。
であれば、戦いの要となるエルスウェンたち魔法使いを、ファルクたちはなんとしてでも守り抜く戦い方をしなければならない。
ファルクが認めると、マイルズも頷く。
「アレで、操られた死体だってんだからな。狂ってるぜ。五体満足、現役の剣士だって時には一体どんな強さだったんだか。操ってるクソ魔族とやらは、よっぽどいいお人形を手に入れたってわけだ」
そのマイルズの言葉を、ファルクはなんとなく繰り返した。
「……一体、どれくらい強かったんでしょう。エルスのお父さんは」
エルスウェンのことも、ファルクは詳しく知らない。
彼のことを聞いたのは、自分が探索者になった頃だ。
とてつもない魔法の才能を持つ少年が訓練所にいる、という話を聞いた。その頃は、ふうんと聞き流してしまって終わりだったのだが。
初夏の頃、ラティアがある魔法使いをパーティに勧誘し、それがその魔法使いだと知った。それが本格的な、エルスウェンとの出会いだった。
それから、歳も近いため、何度か話すことはあった。
若いのにどこか達観したような……冷たいようにさえ感じられる雰囲気を持ちつつも、温かい、人懐っこい笑みを浮かべることもある。不思議な少年だと思った。(今年で十八と聞いているが、彼は傍目には十五かそこらの少年にしか見えない)
なにより変わっていると思ったのは、迷宮内で、自分の身を省みずに行き会ったパーティを助けている、と聞いたときだった。
エルスウェンは無限に魔法を使用できる、とも聞いて驚いた。回復魔法であろうと、治癒魔法であろうと。そして彼にしか使用できない失われた魔法である生命探知魔法であろうと、何度でも使用できる。
一介の剣士でしかないファルクは、それを聞いた時に、初めて彼に嫉妬を覚えた。
素晴らしい才能を持つ、若き天才魔法使い。
だからこそラティアたちのパーティに礼を尽くして迎えられた。
そんな彼に一度命を救われ、より気持ちは複雑になった。
だが今回の探索行を経て、その気持ちは完全に霧消した。今は真正面から、彼の目を見返せるようになった。二度も命を救ってくれた彼のために一緒に戦いたいと、今は心からそう言える。
だから気になっていた――渦中にある彼の父は、どんな人だったのだろう。
さすがに本人に直接訊くのは憚られたし、彼の父は彼が生まれる前に迷宮へ消えたのだとも聞いていた。エルスウェンですら、父がどういうものかを知らないのだ。
ザングは、直接の知り合いだったという。
アミディエルも、ドゥエルメもそうだったという。もちろん女王陛下もご存じのはずだ。
だが、アミディエルもドゥエルメも、どこかぼやかすように、はっきりとエルスウェンの父に関して話そうとはしない。腫れ物に触るようだと言えば、そう見える。
ファルクの疑問に口を開いたのは、マイルズだった。
「ドゥエルメのオッサンによると、本当に強い剣士だったらしい。活躍した期間が短すぎて、知らないヤツも多いみたいだが。知ってるヤツも、ほとんど都市伝説みたいなものだと思ってるよ」
誰にともなく呟くような声だったため、聞き逃すところだった。
ファルクは、パンをちぎろうとした手を止めて、聞き返した。
「お話、聞いてるんですか?」
「ほんの少しだけな。オッサンも、エルスに配慮してるのか、なかなか喋ろうとしねえからよ。それをこっちも、根掘り葉掘りできねえだろ。討伐に関係あることならともかく、他所様のご家庭の事情なんて、知ったところで鬱陶しいだけだしな」
そう前置きして、マイルズは知っていることを教えてくれた。
「何度も言うが、大層立派な剣士サマだったそうだ。広場に銅像を建てようって話が出るくらいのな。探索者として頭角を現したのが、ファルク、お前と同程度の歳だったらしい」
「俺と? じゃあ、まだ二十歳とか、それくらいで」
「ああ。で、パーティを組んで。ほんの数年で、第九階層まで行っちまったんだと」
「……そんな。ホントなんですか? それ……。数年で、第九階層って」
ホラ話にしか思えなかった。そもそもファルクは、こうして探索者になるまで、そんなすごい人がいたことも知らなかったのだ。
それほどの偉業を成し遂げた人なら、なぜ……英雄として語り継がれていないのか? 広場に銅像を建てることだって、少しも大袈裟ではないように思えた。
が、マイルズは頷いた。
「だから、都市伝説みたいなものになってるって言ったろ。俺は覚えてるんだけどな。二十年ほど前だから……まだ、十五か十六か、そこらのガキだったか、俺は。で、家の窓から、見たことがあるんだよ。その剣士と、パーティをな」
「そうなんですか」
「ああ。確か、白銀の剣士って言われてたか」
水を一口含むと、マイルズは視線を外して遠くを見た。
「ありゃあ……ホントに絵本の剣士みたいだったな。迷宮に終止符を打つと思われた、白銀の鎧に身を包んだ剣士。それが今、呪いで真っ黒になって王国と探索者の前に立ち塞がってんだから、皮肉な話だ」
嘲笑うように言うと、マイルズはシチューをかき込んだ。




