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薄明の魔法使い #0 竜骸迷宮と黒燿の剣士  作者: 式見 汀花
Ⅲ 手を取り合って

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第93話 戦士たち #1

『君はきっと強くなれる』――


 診療所で聞いたラークのその言葉は、強くファルクの胸を打った。だからこそこうして、一番に稽古を申し出たはずだったのだが……


 目の前では、巨大な木剣を上段に構えたマイルズと、中段に構えたドゥエルメが対峙している。


 もう、十分ほどはこの姿勢のままだった。互いに攻めず、ひたすら睨み合いを続けている。


 ファルクは、マイルズとドゥエルメの放つ気迫を感じて、冷や汗を流していた。先ほどこのふたりに転がされてつけられた土汚れも、拭う気になれない。ならない。


 吐き気がするほどの緊張感の中で、ファルクはあの時の感覚を思い出していた。


 黒燿の剣士と対峙した時の恐怖。頭を駆け巡った焦燥。ラークの勧告を呑みそうになった臆病さ。だがそれに抗わねばならないという、最後の意思。


 あの時は、これらが全て頭の中でぶつかり合い、爆発したような感じだった。ファルク自身は、自分の気が狂ったのだと思った。


 そして一度狂うことで、心の中を覆っていた霧が晴れた。


 そう思っていたし、そう感じた。


 エルスウェンの顔を真っ直ぐに見ることができるようになった。ロイドたちに、負い目らしい負い目もなくなった。ザングの死にはまだ責任を感じるが、それはこれからの働きで返していきたい。本心からそう思えるようになった。


 だが。このふたりの放つ気迫を前にして、まだまだ自分は甘かったのだと思い知らされる。辿り着かなければならない場所は、遙か遠い。


 と。


「ふっ――!」


 短い息吹を吐き、マイルズが上段に構えていた木剣を振り下ろす。


 繰り出された剣の速度は、もはや人間業とは思えない速度だった。二メートルの大男であるマイルズが、全長二メートルの木剣を全力で振り下ろす。それだけでも常識を超えた所業だ。


 しかし、ドゥエルメは少しも怯むことなく、一歩間合いを詰める。マイルズの剣の軌道上に剣を割り込ませたのが、なんとか見えた。


 普通であれば、マイルズの剣がドゥエルメの剣を弾き飛ばすはずだ。


 が、逆にマイルズの剣が、ドゥエルメの剣に弾き飛ばされる。


 死に体になったマイルズの首元に、ドゥエルメの剣がぴたりと合わされた。


 ギャラリーと化していた訓練生たちからどよめきと拍手が起こる。


「ちっ……。またか。その技、黒燿の剣士にもやられた」


 苦々しく、マイルズが言う。


 ドゥエルメが頷いた。


「であろう。これはエルスの父が得意としていた技だ。彼の前では、いかなる剣速も力も意味をなさない。柔よく剛を制する、柳に雪折れなし、と聞いたことはあるか? まさに彼の剣はそれだ」


 ドゥエルメは剣を下ろすと、話を続けた。


「マイルズ。お前の剣は、対人に向いていない。黒燿の剣士とは……むしろ最悪の相性だ。お前の剣はなにひとつ通用しないだろう」


 きっぱりと言われたマイルズは、ぺっと唾を地面に吐いた。


「そう言われて、『分かりました、帰ってママのおっぱいでも吸ってます』って答えれば正解か? しゃらくせえ」


 ドゥエルメは、彼の言いっぷりに笑っていた。


「マイルズ。お前は、魔物に対する剣を磨きすぎた。一番に敵の群れへと飛び込み、その体躯と剛剣で威圧する。敵を怯ませ、己の身をパーティの盾としながら、渾身の剣で斬り伏せていく。敵が多数であろうと、少数であろうと。魔物が相手であればなんの関係もない。魔物にお前の剛剣を止める術がないからな。いかに強靱な魔物の身体であろうと、お前の剣は止められん。竜の鱗すら、お前の剣なら切り裂けるであろう。だが……」


 そこで、ドゥエルメは首を振った。


「対人の剣ではない。剣には術がある。こう来たらこう躱す。ああ来たらああ受ける――お前の剣がどれほど破壊的であろうと、剣の術理からは逃れられん。魔物であれば切り裂ける斬撃も、技があれば一撫でで逸らすことができるのだ」


 ドゥエルメは、手にした木剣をそろりと動かしてみせた。先ほどの動きをなぞるように。


「なによりも速く、なによりも強く。お前の剣はそれを極めつつある。一撫でで逸らせるとは言ったが、実際にお前を相手にしてそうできる剣術家は一握りもおらんだろう。私と、ラティアくらいだろうな。だが、相手が悪かった。相手は、最高の剣士だ。この王国千年の歴史上で、最強と言われた剣士なんだ、エルスの父は。しかも技だけの剣士ではない。柔と剛、硬軟織り交ぜられる最強の剣士だ」


「じゃあどうしろってんだ? 今から滝でも浴びて、剣術の教本片手に素振りでもしろってか? それで勝てるってんなら、喜んでやってやるぜ。でもな、オッサン」


 マイルズは、木剣を振り上げて、示した。


「エリート様お得意の足し算引き算なんかクソ食らえなんだよ。『あっちが強い』『こっちが弱い』『だから戦えば、あっちが勝ちます』……ハッ、笑わせてくれる。だったら戦う意味はねえ。机の上で全部決まっちまう。第一、それならなんで、エルスの親父はあんなことになってる? 最強の剣士なんだろうが?」


 マイルズの言い様に、ドゥエルメはふっと苦笑を漏らす。


「そうだな。それに関しては、お前の言う通りだが。屁理屈をこねたところで、逆立ちしたところで、お前では現実をひっくり返せんぞ」


「ンな必要はねえ。話じゃあ、解呪の魔法ってヤツを決めれば、それで決着が着くんだろう。ハナっから、前衛はエルスたちの時間稼ぎでしかねえんだ」


 ファルクはそれを聞いて驚いた。マイルズはてっきり、酒場でエルスウェンに言ったとおり、黒燿の剣士を叩き斬るつもりで稽古をしているのだと思っていたからだ。


 マイルズは剣を下ろして、静かに言った。


「だから……俺が一撃でやられるわけにはいかねえ。俺たちができないといけないことは、一秒でも多く……あいつに必要な時間を稼いでやることだ。頼むぜ、オッサン。俺はいくら斬られようと構わねえ。どうやれば、あのバケモノと対峙して立っていられるのかを教えてくれ。それだけでいいんだ」


 マイルズの懇願とは言えない懇願に、ドゥエルメはまた苦笑した。


「もちろんだ。……お前なら、数年あれば対人の術理も身につけられるであろうが……」


 ドゥエルメは剣を構えた。マイルズを促す。


「少なくとも、この私の剣を受けられねば、黒燿の剣士と相対することはできん。威勢だけでないところを見せてみろ」


「ハッ――上等だ」


 マイルズも剣を振り上げて、再び構える。


 ふたりが、今度は即座に剣をぶつけ合い――


「よくやるな、ふたりとも」


 と、横にいつの間にかベルハルトが立っていた。ファルクはそちらに顔を向けて、会釈した。


「ベルハルトさん、稽古、お願いしてもいいですか」


「ん? ああ。もちろんだ。でも」


 ベルハルトはちらりとマイルズたちを見て、言った。


「ファルク君は、あの黒燿の剣士に、こんなことをやってるだけで勝てると思うか?」


「それは……」


 ベルハルトに言われて、ファルクは口ごもった。が、意を決して言う。


「……難しいと思います。戦いってのは、単なる足し算引き算じゃないんだって、マイルズさんの言う通りだと思いますけど……」


「俺もそう思う。剣術大会みたいに、一対一の試合だっていうなら、ある程度は通る理屈なんだろうけどな。俺たち探索者が一番やってはいけないことが、皮算用だ。迷宮での戦いは試合とは違うし、なにが起こるのかも分からないからな」


 言って、ベルハルトは首を振る。


「でも、そういう計算を超越したものがある。それがあの、黒燿の剣士だ。アレはマジに最強だっていうシロモノだよ。看板に偽りなし、だ」


「はい。それも……そう思います」


「そして、武芸にも色々ある。そもそもの探索者の起こりっていうのが、地上で魔物と戦う兵士を馬鹿正直に迷宮に投入して、ボロボロにやられたことだからな。迷宮を攻略するためには、迷宮で戦う術を身につけないといけなかったわけだ」


 ファルクは頷いた。その話自体は訓練所の授業や講習で聞かされる話だ。


 ベルハルトは、マイルズを顎で指した。


「マイルズは、対魔物としては最強の剣士だろう。ドゥエルメのオッサンも認めてる。というか、迷宮内ではオッサンよりも上の剣士だよ、あいつは」


「でも……黒燿の剣士には分が悪い」


「それはしょうがないことなんだろうさ。対人の剣を極めていたら、あいつは探索者じゃなくて、ドゥエルメのオッサンの部下にでも収まってる。想像しがたいが」


 ベルハルトは自分で言って吹き出した。


 ファルクも、近衛兵の格好をしたマイルズを想像して、笑ってしまった。


 笑いが収まると、ベルハルトは木剣を示した。


「しかし、腐っていても始まらん。お互いぶっ殺されたもの同士、ひとまず汗を流そうじゃないか。分かることもあるかもしれないしな」


「はい! よろしくお願いします!」


 ファルクは頷くと、間合いを取って剣を構えた。



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