第91話 再出発 #2
だが、ここでそんなことを聞くわけにもいかず。ラティアの顔を見つめていると、彼女はごまかすように笑って、言った。
「第九階層に挑むには、黒燿の剣士より強くならねばならん。ただ、それはひとりでなくていいんだ。むしろ、パーティとして強くなる、ということが必須だ。だから、エルス、ジェイの見つけてくれた戦術書は、今後に生きる発見になりそうだな」
テーブルの上で拳を握り締めて、ラティアは続けた。
「探索は討伐とは違う。常に余力を残していなければならない。つまり……第九階層であろうと、第十階層であろうと、余力を残して戦えなければならない。我々は、そこまで強くならなければならないんだ」
「途方もない話だね。大変だ」
他人事のように言うラークをちらりと見て、ラティアは頷いた。
「ああ、途方もない話だ。が……私は諦めない。ひとつでも先へ進みたい。そのためには……黒燿の剣士を倒さねばならない」
「……あなたも、なんだかワケありの人だったわけね」
カレンがそんなラティアの様子を見て呟く。
「私なんか、財宝を当てて、その後は遊んで暮らせればくらいの気持ちだったけど。できるものなら、神の秘宝とやらを見てみたい気持ちも、あるにはあるけれどね」
それぞれ、やはり迷宮へ挑む理由があるのだ。
エルスウェンは、全員の顔を見渡して、その半分も理由を知らないということを改めて思い知った。
ラークは頬杖を止めて、ラティアに顔を向けていた。そして、言う。
「やっぱり、探索者っていうのは面白い。現在、ラティアたちのパーティが一番進んでいて、第六階層までなんだろう? それなのに、第九階層、あるいはもっと先まで進むことを、当たり前に考えていたわけだ」
「おかしいか?」
ラティアが言うと、ラークは頷いた。
「おかしいさ。できっこない。常識的に考えてね。君たちの……ここにいるのは全員人族だね。多少違う血が混じったのが、ふたりいるけど。人族の寿命はせいぜいが八十年ほど。だが、君たちが現役の探索者でいられる時間はもっと短い。だろう?」
「ああ、そうだ」
「だから面白い。これから先が、とても楽しみになってきた。願わくば、君たち全員と一緒に、迷宮のゴールまで辿り着きたいな。是非とも、協力させてくれ」
ラークの言葉に、ラティアは笑った。
「お前も、相当に変なヤツだと思うがな。もちろん、協力してくれ」
「ああ。君たちが辿り着けるように、全力で協力するとも。まぁ、最悪無理だったとしても……ぼくとエルスのふたりで、必ず最後まで行ってみせるさ」
言うラークに、エルスウェンは首を傾げた。
彼は、ラティアたちが到達できずに現役を退いた場合の話をしているのだろう。
そう考えると、彼の勘違いに気がついた。
「ラーク。僕にそれは無理なんだ」
「え?」
きょとんとした彼に、エルスウェンは首を振った。
「君には言っていなかったっけ。僕は森人の賢者の血を引いている……」
「いや、聞いているよ」
「まだ先があるんだ。母さんの……ご先祖様の血は強すぎてね。母さんは、人族と結ばれて、半人、半森人の子供を産んだ。そして、それがずっと子孫を残して、僕が産まれた」
話していると、隣でフラウムが顔を伏せるのが気配で分かった。
「その子孫たちは、五十年も生きられなかった。母さんの血は、凄まじい魔法の力を子孫に与えたんだけど、その代償と言うべきか、寿命を奪ったんだ」
「なんだって……? てっきり、君は森人の特徴を持っていて、永遠に老いることのない存在なんだと思っていた」
なぜそう思ったのかは謎だが。真顔になっているラークに、また首を振った。
「違うんだ。その逆らしい。それに、今までの子孫は全員が女性だった。僕だけ初めて、男の子孫として産まれてきたんだ。なにかのイレギュラーらしい。そのおかげなのか、僕には無尽蔵の魔力が備わっている。ただし……」
「……他の子孫の人たちよりも、寿命が短いんだな……?」
ラークの言葉に、首を縦に振った。
「そうなんだ。母さんの見立てでは、せいぜい生きて三十年くらいだって」
「……なんてことだ」
ラークは、悲痛に顔を歪めて、首を振った。
カレン、アガサも驚いた顔でこちらを見ている。ラティア、フラウム、ジェイには話していることだが、ふたりは知らなかった。
カレンが、静かに言う。
「……知らなかったわ。エルス君が、無限に魔法を使い続けられるのって……単に、そういう森人のお母さんがいたからだと思ってた。でも、そんな……大きな代償があったなんて……」
その無限の魔力というのも、魔力そのものは無限であっても、様々な制限が存在する。エルスウェンは魔法使いとして、決して万能ではない。
たとえば、使用する魔法そのものの出力を無限大にすることはできない。
そして、一般の魔法使いと同じく、イメージや集中、精神力、疲労の影響も等しく受けることになる。あくまでも、エルスウェン自身に可能な力量の範囲でなら、回数の制限や持続時間の制限を受けずに魔法を使える、というだけに過ぎないのだ。
あらゆる制限を無視して魔法を行使できるのは、知る限り、母ひとりだけである。
「……でも、そんな……。そんなのって……」
アガサは、胸に手を置いて、沈痛な表情だった。




