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薄明の魔法使い #0 竜骸迷宮と黒燿の剣士  作者: 式見 汀花
Ⅲ 手を取り合って

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第90話 再出発 #1

 フラウムのパンケーキ(?)を片づけた後は、それぞれが自分のやるべきことへと戻っていく。


 マイルズは早速、ファルクとベルハルト、ドゥエルメと共に訓練所で汗を流すつもりらしく、すぐに酒場を出て行った。


 キャリスは、アミディエル、ロイドと一緒に、王宮で調べものをしたいらしい。女王と王女も、一緒に王宮へと戻っていった。


 酒場に残っているのは、エルスウェン以外には、ジェイ、ラティア、アガサ、カレン、フラウム、ラークだけだ。


「で、これからはどうするんだい? 無敵の正体とやらも掴めたことだし、またエルスの家で古書をひっくり返すのかい?」


「それもやらないといけないけど。僕はまず……古代の戦術書の翻訳を完成させないといけないかな。マイルズたちにも読んでもらいたいし。だから、誰か、書物あさりを手伝ってほしいな、とは思っているんだけど……」


 ラークの言葉にエルスウェンが答えると、アガサが興味深そうに訊いてきた。


「あの……私も、エルス君の家の、古書というのを……読んでみたいんですが」


「アガサ、賢いもんなー。ちょうどいいじゃん。手は多いほうがいいって。カレンは馬鹿だから戦力になんないけどさー」


「誰が馬鹿だって? パンケーキひとつまともに作れないヤツから馬鹿呼ばわりとか、この世の終わりよね」


「あれー、ババアだから耳遠いのかなー。カレンってちゃんと言ったのになー」


「やめなって、もう」


 無造作にケンカを売るフラウム。とりあえず、エルスウェンが割って入る。


「アガサが手伝ってくれるなら、すごく心強いよ。カレンはどうする?」


「私は大陸古語も森人語も苦手なのよね。むしろ、エルスくんが、なにかお姉さんにしてほしいことはない? あなたは命の恩人なんだから、今ならなんでも言うこと聞いてあげるわよ」


 と、カレンはウインクをして言ってくる。


 それを見て、フラウムが悲鳴を上げた。


「ウエー! エルスこいつ無視しろ! ババアの色目って浴びると肉が腐って溶けるらしいぜー! 無視だ無視!」


 フラウムの方を無視して、考える。カレンにやってほしいこと。カレンにしかできないこととは、なんだろうか。


 爆発の魔法を、唯一無二と言っていい出力で使用できることが、カレンの良さなのだが。


 あとは、面倒見がよいことと、さりげなく常識人であること。


「カレンも一緒に作業してくれないかな。さっき言った通り、なんだかんだで手は多いとすごく助かるから」


「ババアの手も借りたいってところではあるんだよなー」


「……相当切羽詰まってるものね。苦手とは言っていられないか」


 カレンははあ、と息を吐くと、思い出したように言った。


「正直なことを言うとね。あの黒燿の剣士とは二度と戦いたくないわ。……フルパワーの爆発魔法を受けて、無傷だなんてね。それに……あの。ベルハルト、アガサに対する容赦のなさ。……今も、恐怖が焼きついてる」


 話すカレンの声音には、隠しきれない恐怖が滲んでいる。


 エルスウェンは、小さく頷いた。


 ベルハルトとアガサの死に様を思い出す。エルスウェンですら戦慄したのだから、長くパーティを組んできたカレンの受けた衝撃は、察することもできない。


 カレンは、テーブルの面々を眺め回した。


「本当に勝てるのかしら。あんな……怪物に。あ、エルス君、ごめんなさい、そういうつもりで言ったんじゃないけど……」


「いえ、いいんです」


 エルスウェンはカレンに首を振った。


「黒燿の剣士は、確かに父の死体なんでしょう。未識別の呪いのせいで、未だに確認すらできないですけど……。でも、どちらにせよ、あれは怪物です。魔族に操られている、単なる怪物です。一切、遠慮はいりません」


「そもそも、遠慮をしていられるような相手じゃないけどね、最初から」


 ラークは言うと、肩をすくめた。


「ぼくはなにをすればいい? 個人的な希望を言っていいなら、エルス、ぼくも君の家に行ってみたいな。お母さんの結界に弾かれなければだけど」


 それに、エルスウェンは笑った。


「ラークは弾かれないよ。ラークもジェイも、戦術書の内容について、使えそうかどうかを判断するために、ついてきてほしいな。ラティアも」


「分かった」


 ジェイもラークも頷く。


 最後に、ラティアが言った。囁くような、小さな声で。


「しかし……」


「なに? ラティア」


 聞き返すと、彼女は顔を挙げて、首を振った。疲れたような笑みを浮かべている。


「いや。単なる独り言だ。……色々と、考えるときが来たのではないかとな」


「考えるとき?」


「ああ、そうだ」


 ラティアは首肯すると、真剣な顔つきになった。


「黒燿の剣士を、無事に討伐できたとしよう。その正体は、エルスの父親だということだが……彼は、第九階層で消息を絶ったと伝わっている」


「うん」


「少なくとも、黒燿の剣士に苦戦しているようでは、第九階層の踏破など、夢のまた夢だ、ということなんだ。それは」


 それに近いことは、ジェイとも話した。ジェイは、より上の階層に挑むための試練のようなものだと言っていた。


 ラークはテーブルに頬杖をつきながら、ラティアに言う。


「仕方がないんじゃないか? そもそも、ひとつの階層の踏破をすること自体が、何十年とかけて探索者たちがやってきたことなんだろう? 君たちが第九階層まで辿り着けなくとも、当たり前の事なんじゃないかな」


「……そうだな。だが、それでは困るんだ。ひとつでも上の階層に行かねば……」


 ラティアは、歯を食いしばるようにして、声を出した。


 ふと、エルスウェンは思った。


 ラティアは、何のために迷宮に潜っているのだろうか。


 元女王守護隊の近衛兵である彼女は、それを辞して探索者になった。


 それには、なにか尋常でない理由がありそうだ。


 今まで特に意識したことはないし、詮索したこともなかったが、診療所でラークと交わした言葉のせいだろうか。今になって、無性に気になった。



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