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薄明の魔法使い #0 竜骸迷宮と黒燿の剣士  作者: 式見 汀花
Ⅲ 手を取り合って

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第89話 真実と愛の手料理発表会 #5

 顎に手を当てて考えていたアミディエルが、こちらに言ってきた。


「未識別の呪いであれば、解呪の魔法を使うほかありませんね」


「そうなんです。でも、解呪の魔法は対象を黒燿の剣士に定めないといけないです。だから、魔法消去の対象になり、通じないんです」


「つくづく……うんざりするほどに周到なヤツだな。きみのお父さんを操る黒幕は」


 ラークがやれやれ、と嘆息する。


 エルスウェンも甚だ同意だった。ネタがバレてしまえば単純な仕掛けではあるが、だからこそ打つべき手が見つからない。


「今できるのは……このネタばらしだけです。解決策は、まだ考えついてなくて。結局、魔法消去の加護をどうにかしないと、どうにもならないんです」


 結局のところ、すべてはそこに帰結する。魔法消去の加護を破る方法がなければ黒燿の剣士は倒せない。それが明確になっただけといえば、その通りだったが。


「ははあ。だから、申し訳なさそうにして、緊張してたんだ、エルス。すごい謎を解いたんだから、堂々としていればいいのに!」


 ロイドが励まそうとしてくれているのか、明るい声で言ってくる。


 それに頷き返して、エルスウェンは本当の理由に内心で苦笑していた。


 ――まさか、黒燿の剣士の強靱さの理由が、フラウムのパンケーキ(?)で説明できる、というのは、ふざけているのかと怒られやしないかと思っていたからだ。


 そちらに関しては、案外普通に納得してもらえて、安堵している。


 アミディエルが、顎を撫でつつ言った。


「ですが、はっきりしました。未識別の呪いによる無敵化。まさか、使役する死体にまでかけられるのだとは、私も思い至りませんでした。黒燿の剣士の主の狙いのひとつは……まさに、この呪いを外されないように、魔法消去をつけた、ということでしょうね。加護の効果そのものは、呪いがあろうと効果を発揮するわけですから。呪いを外せなければ、どうやっても倒せない。止められない……」


 その言葉に、エルスウェンは思い返した。


 賢者集会の長であるアミディエルですら、無敵の正体が未識別の呪いによるものだとは分からなかった。彼は直接黒燿の剣士と対峙していないのだから、無理もないといえばそうなのだが。


 しかし、普段当たり前のように未識別の呪いのかかった物品を扱う探索者全員が、誰も辿り着けなかったのは、なぜなのか。


 その答えを、皮肉にもベルハルトたちの死体を繋ぎ直しているときに、エルスウェンは理解していた。


 未識別の呪いは『もの』にかかっている、という大前提がある。思い込みとさえ言ってしまってもいいだろう。


 エルスウェンたち探索者にとって、仲間の死体は決して『もの』ではない。どれだけ見込みが低くとも、蘇生という最後の希望に賭ける。死んでも、生き返るかもしれないという望みがある。そして生前の姿を知っているからこそ、蘇生に失敗し、灰になったとしても――その内に故人の姿を想い、偲ぶのだ。


 ただ、黒燿の剣士の主である魔族にとっては、死体は単なる『もの』でしかないのだろう。だから、未識別の呪いをかけてしまう、なんていう発想ができる。


 こちらとあちらの、死体――というよりは生命そのものに対する、決定的な視座の違いを思い知った。


 そして操られているのは、自分の父親である。


 それについて、怒りとも、無念ともつかない、そんな気分の悪さが、ずっと胸の裡に蟠っている。


 それを噛みしめるように、エルスウェンはアミディエルに頷いた。


「僕も、そう思います。あとは、魔法が通るようになれば、死体を操る魔法も解呪できてしまう。そのために、魔法消去はなくてはならなかったんでしょう」


 エルスウェンが言うと、マイルズがぎし、と音を立てて椅子にもたれた。


「ともかく。分かったことがあったからよかったじゃねえか。ドゥエルメのオッサン。早速稽古を頼むぜ。エルスの親父の太刀筋を、完璧に見切れるようにしておかねえとな」


 それから、彼はエルスを見てきた。


「魔法消去やら、解呪やらはお前に任せるぜ。心配するな。あの不気味な鉄壁ぶりさえなんとかしてくれさえすりゃあ、俺がお前の親父を叩き斬ってやる」


「うん。……頼りにしてる。こっちも頑張るよ」


 エルスウェンの言葉に、マイルズは不敵に笑って、頷いてくれる。


 そこに、ファルクが乗っかった。


「マイルズさん、ドゥエルメさん。俺も、一緒に稽古、いいですか」


「ああ。オシメも取れたってツラになった。死ぬ気でついてこいよ」


「……はいっ! もちろんですっ!」


 ファルクはマイルズの言葉に、全力で答えていた。


 それを眺めているラークが、薄く笑っている。


「うん、うん――イイ感じだ。一致団結して、いよいよこちらが反撃の狼煙をあげるときだ……って雰囲気だな。ところで、エルス」


「なに? ラーク」


「これ、食うんだろ? 頑張れよ」


 ラークは、女王の前に置かれたままのパンケーキを指さして言った。


 一瞬、時間が止まる。


 女王は、無言ですすっと、エルスウェンのほうへ皿を勧めてきた。


 目の前にやってきたパンケーキ(?)と、場のみんなの顔を見る。みんな目が合うと、力強く頷いてくる。食うところが見たい、という顔だった。


 横を見ると、フラウムは満面の笑みで、食え、と圧をかけてくる。


 エルスウェンは嘆息すると、ナイフとフォークを取り、パンケーキ(?)に突き立てた。


「……解呪しないでいけるのですか? 未識別の呪いの解呪魔法であれば、エルスウェン君ができないわけはないと思うのですが」


 アミディエルが、恐る恐る聞いてくる。彼の言う通り、未識別の呪いの解呪魔法そのものは、訓練所に通っていたときに覚えているが。首を振った。


「コツがあるんです。正体を明らかにしてしまうと、大変なことになるんです」


「ああ……」


 察してくれたのか、アミディエルは重々しく息を吐いて、それ以上はなにも言わないでくれた。


「切る、コツもあるのですか?」


 王女が聞いてくる。それには頷く。


「本物の迷宮の瘴気にあてられた未識別品とは違いますから。大元は瘴気ではなく、フラウムの愛情……魔力なんです。なんとか、刃は通ります。未識別品の毀損のしにくさは、浴びた瘴気の量に比例する、って言われているので」


「へー。フラウム、アンタの愛情って、ナイフで切れるわけ? 案外しょぼいわね」


 眺めていたカレンがすごく余計なことを言った。


 聞き取ったフラウムは、鼻息荒く答えた。


「ンなわけないでしょうが! くそー、エルスごめん、それ失敗作だわ! 今度こそ、金剛石よりも固い、絶対に断ち切れない愛を注ぎ込むから!」


「いや……今のままで十分だよ、ホントに」


「そんなことないって。大丈夫。次こそ、絶対おいしいのできるから!」


 一応言ったが、聞いちゃいなかった。


 嘆息した後、気を紛らわせるために、エルスウェンは黒燿の剣士に話を戻した。


「……おそらく、黒燿の剣士が父の失踪から二十年近くも時間が経って現れたのは……父を使役する主が、相当量の瘴気を注いで、完全な無敵化を試みたせいだと思っています」


「なるほど……。だから、あれほどの耐久力があるのですね」


 キャリスが眼鏡を直しつつ、頷く。


「間違いなさそうですね……。二十年弱をかけた瘴気の蓄積とは、想像もしたくないですが」


 アミディエルも同意していた。


 そして、エルスウェンはまったく切れないパンケーキに白旗を揚げた。


「だ、だめだ。ジェイ、ごめん。前みたいに手伝ってくれる?」


「構わんぞ。貸せ」


「どれくらい固いんだ?」


 ジェイの手元に行ったパンケーキ(?)を、隣から興味深そうに覗くベルハルト。


「やってみるか? 黒燿の剣士ほどは固くない」


「ようし。任せろ。それなら斬ってやる」


 と、ベルハルトがナイフとフォークを持った。


 同じ呪いのかかったものを斬る。ある意味、復讐劇と言えるのかもしれなかった。


 その後、全員でわりと和気あいあいとしつつ、パンケーキ(?)を斬り刻んだ。


 斬り刻んだ後は、味見もしてみたいと言った王女に、海よりも心の広い(と自分で言った)フラウムが許可を出してくれたおかげで、全員で仲良く一切れずつ食べることになった。


 そして今回も、味はなぜか、ちゃんとしたパンケーキのままであった。



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