第88話 真実と愛の手料理発表会 #4
「僕がまず引っかかったのは……ザングの死に顔です」
「じいさんの? あの顔か……確かに、妙な死に顔だったが」
マイルズが言う。それに頷く。
「うん。ジェイたちの話だと、歩いてきた黒燿の剣士がザングの目の前で立ち止まり、見合っていたらいきなり一閃されて……って話だったけど。ザングの顔には、驚きが貼りついていた」
「うん、そうだった……」
ロイドが沈痛に呟く。ザングの、あの驚愕に固まった死に顔は、なかなか忘れられるものではない。
思い出させてしまったことを胸中で詫びつつ、エルスウェンは言った。
「不思議だったんだ。なぜ驚いているのかって。普通だったら、ぽかんとした、なんで自分が殺されたのかも分かっていないような顔になるんじゃないのかなって。でもあれは、驚愕という感じだった。まるで……幽霊でも見たようなね」
「それは……そうかも。最初ザングは、そういう感じで黒燿の剣士を見上げてたんだ。ぽかんとした感じで。なんだ? って感じの顔をしていたはずだと思うよ。で、斬りつけられて――」
「で、斬られる瞬間に、驚いた顔をした、ってことか? いきなり斬られたことに驚いた……ってわけじゃあ、ねえんだよな? あのじいさんが、そんなことでビビるわけがねえしな」
ひとつひとつ辿るように言うロイド。聞き返すマイルズ。
エルスウェンは、まとめて答えた。
「そうなんだ。結論を言うと、ザングは……黒燿の剣士の正体が分かってしまったから、驚いた顔をしたんだと思う。斬られる直前にね」
「どういうこと?」
「ザングは地人族で、腕利きの鍛冶屋でもあった。ロイド。ロイドのパーティでは、未識別の呪いのかかったものを手に入れたとき、どうしてた?」
「それはもちろん、ザングが鑑定してくれて――」
言葉の途中で、ロイドははっとした顔で言葉を切った。
地人族は、ほぼ全員が類い希な鍛冶の才能を持っている。森人族が類い希な魔法の力を持って生まれてくるのと同じくらいの当然さで、鋼鉄と炉の炎に愛されている。
そして、地人族には不思議な力が備わっている。
ものの本質を見抜く力があるのだ。
それは鑑定眼と呼ばれる。地人族の眼は、わざわざ解呪をしなくとも、その《《もの》》が何なのか、という本質を見破ることができる。
もっとも、魔法を用いた正式な解呪ではないため、本人にしか正体を見定められないのが難点であるのだが。
迷宮内で、拾ったものを全て持ち歩く、持ち帰るのは至難の業である。そういうときに地人族がパーティにいると、要るものと要らないものを即座に、応急的に判別してくれる。
迷宮踏破ではなく、財宝の収集に力を入れていたロイドたちのパーティに、そういう意味でも欠かせない人だったのだ。ザングは。
エルスウェンは、結論をまとめた。
「ザングは、正対したそのときに見えたんだ、きっと。黒燿の剣士は、僕の父だった。ザングは、父と面識がある。パーティを組んだこともあるって。だから……驚いたんだ、単純に。二十年近く前に消えた男が、目の前に立ち塞がってね」
「……なるほどな。辻褄は合ってるか。まさに幽霊が現れた、ってわけだ。あのじいさんが無抵抗でやられちまったのも……無理はねえな」
マイルズが長い息を吐き出して、呻いた。
それを聞いてから、エルスウェンは推理の続きを話した。
「それが根拠としては大きかったんです。他にも……あまりにも頑丈すぎること。でも、無敵の加護なんてない、ということ。いくら観察をしても、誰もその装備すら記憶できていない、ということ。極め付けは、ドゥエルメさんの証言です」
「先ほど、触れたことだな」
「はい。ドゥエルメさんは、ザングと同じく、生前の父を知っている。それどころか、剣も合わせている。なのに……あの剣士は僕の父だと思うけど、見ていても確信が持てないとおっしゃっていました。そこから、母のヒント――あの黒燿の剣士にかかっているものは、フラウムのパンケーキ(?)と同じ、と言われたことを思い出して。もう、未識別の呪いがかかっているとしか思えませんでした」
「ふむ……。なるほどな……」
「そして、もう一度対峙して、ようやく間違いないと確信できました」
その機会とは、ベルハルトたちの決死行の救援だ。
アガサが、なにかに気づいたのかはっとした顔をした。それから、言ってくる。
「エルス君が……私に、黒燿の剣士を観察してほしいと言ったのは、なにか特徴を見抜いてほしい、という理由では……なかったんですね……!」
アガサに、エルスウェンは頷いた。
「はい、そうです。特徴を見抜いてほしい、覚えてほしい、というのが目的ではなくて。アガサさんであろうとなにも覚えられない、特徴を掴めない、ということを確認したかったんです。結果として……僕は自分の目で、それを確かめられましたけど」
迷宮内で、魔法で作った防御壁を挟んで対峙したことを思い出す。
黒燿の剣士は、どれだけ観察しようと、どのように見ようと、その正体を掴めなかった。
それは得体の知れない魔物だったからではない。
得体の知れないものに見える呪いがかかっていたからなのだ。
「なるほどな。黒燿の剣士を打った、あの得体の知れない感触……。このパンケーキ(?)を切ろうとしたときの感触とも、似ているのかもしれん」
ジェイが、しみじみと言った。実際に彼は、エルスウェンの生家でパンケーキ(?)を切ってくれたとき、そんなことを口走ったのだが。覚えているだろうか。
「うん。ジェイがどれだけ対峙しても、なにひとつ分からないって言ってるし。戦闘の達人であるジェイが、なにも掴めないなんておかしいことだからね」
「なるほど……。でも」
聞いていたファルクは、かぶりを振りつつ信じられないという顔だ。
「……エルスのお父さんの死体に、そんな呪いをかけて操るなんて……。絶対に許せないな……。なあ、エルス。打つ手は本当に考えついてないのか?」
「ああ、うん。……まだ、どうすればいいかは考えついてない」
ファルクの言葉に、エルスウェンは力無く首を振った。




