第86話 真実と愛の手料理発表会 #2
「はい。まぁ……大きかったのは、僕の母のくれたヒントだったんですが。それに加えて、ベルハルトたちの救助に向かったときに、観察して分かりました」
「御母堂のくれたヒントとは、アレか、あの――」
ジェイが言う。それにも頷いた。
それから、エルスウェンはフラウムを手招きした。
「実例を見てもらったほうが早いと思うから、それを使って説明しますね。じゃあ、フラウム。ちょっといいかな? 説明には、どうしてもフラウムの力を借りないといけないんだ」
「へっ。私? なに? なにするの?」
言われて立ち上がったフラウムに、厨房の方を示す。
「腕によりをかけて、僕のためにパンケーキを作ってほしいんだ」
この頼みに、テーブルについている面々は全員、怪訝な顔をする。
フラウムだけは赤くなった頬に手を当てて、困り顔だった。
「やっ、やだなぁー。エルス、そりゃ、朝ご飯に愛妻のパンケーキを食べたいっていうのは分かるけどさぁ……こ、こんなみんなの前で言わなくても……。あっ! 分かった、女王サマの前で、外堀埋めちゃおう、揺るがぬ既成事実作っちゃおうみたいな? もー、そんなことしなくてもさぁ、私は全然――」
「うん、全然違うんだけど……」
自分の世界に旅立っているフラウムに抗弁するのだが、彼女はなにも聞いていない。左右に身体をくねらせながら、ひとりで喋っている。
「でも、どうしてもっていうなら、腕によりをかけたヤツ、作っちゃおうかなぁ。よし! じゃあ、マスター! 厨房借りるぜぇ! 戦じゃあ!」
それから、ひとりで鬨の声をあげて、脇目も振らずにカウンター奥へと突進していった。
テーブルから、声があがる。
「……大丈夫なのか? アレで。アイツの料理の腕は壊滅的だろ」
マイルズだった。それに、とりあえず頷く。
「フラウムが腕によりをかけると言ったら、魔法を使うってことだから。たぶん、想定している通りのものが出てくると思う」
「りょ……料理に、魔法を?」
驚いたように言うのは、王女だった。それに頷く。
「フラウムは、火炎の魔法を得意にしているんです。それで……料理の時にも火力が大事だって言って、それを使って料理をするんですよ」
「だっ、大丈夫なんですか?」
さらに驚く王女に、カレンが嘆息しつつ答える。
「私も注意をしているんですけどね、全然懲りないしやめないんですよ、あの子。魔法の腕自体はいいから、建物を焼いたりはしないんですけどね。せいぜい、調理器具がお亡くなりになる程度で済んではいるんです」
「あの……。その。肝心の、料理の腕は……?」
王女の質問に、カレンは目を逸らして首を振った。
王女はエルスウェンを見てきた。それに首を振ってから、言い添える。
「……まぁ、そのおかげで、謎が解けたので。大目に見てください」
言っていると、厨房の方から声が聞こえてくる。
「おい! フラウム! よせ! 店を燃やす気か!?」
と、これは店主のジョージの声だ。力の限り怒鳴っている。
それに負けじと、怒鳴り返す声が続く。力ある魔法使いであるフラウムの声量は、店主ジョージのものより数段大きい。
「ガタガタ言うんじゃねー! 料理は愛イコール火力なんだよ! ジョージともあろうお方がそんなことも分かってねーのか!」
「だからって常識を外れた火力を使うんじゃない! パンが使いものにならなくなるだろうが!」
「ガルドのとこで新しいの買えよな! いくぞ――灼熱を司る炎神の吐息よ、生きとし生けるものすべて、残らず灰塵へと帰せ――」
「おい馬鹿たれが、やめろ! どう聞いても料理に使う詠唱じゃあねぇだろうが!」
「恋と愛と料理は戦争なんだぜぇー! ファイヤー!」
炎が唸る、地鳴りのような轟音が聞こえる。
深々と嘆息しつつ、ジョージに心から同情した。いや、店に火種(文字通り)を持ち込んだのは自分なのだから、あとで謝っておこう。新しいパン(食べ物ではなく、平鍋のことだろう)も買って弁償しよう。
厨房の方からテーブルに顔を戻すと、女王が言ってきた。こんなときでも、威厳を保った表情なのはさすがだな、と思う。
「大丈夫……であろうな?」
「はい。たぶん……きっと」
それから固唾を呑んで待つことほんの十数分。パンケーキの出来上がりにしてはやけに早い時間で、フラウムが戻ってくる。非常に朗らかな、なにか大仕事をやり遂げた人がするような笑顔を浮かべている。それ自体は、とても可愛らしい。
彼女は手に、大事そうに皿を持っていた。黒く、丸いなにかが乗った皿だ。
「おっ待たせー! ほらほら、エルス。今回のは力作だよ!」
「うん、ありがとう、フラウム。ちょっともらうね」
言ってエルスウェンは皿をもらうと、テーブルの上に置いた。
それを示して、みんなに言った。
「みんな、これがなにに見える?」
質問をすると、全員が首を傾げた。
「黒い丸」
「消し炭……いや、違う? なんだ……?」
「……謎の物体」
「うむ……。湯気の立つ謎の物体だな」
「パンケーキには断じて見えないけど……ではなにかと問われても困るというか」
「解せんな……」
口々に、みんなが感想を言い合う。
と、横のフラウムがじっとこっちを睨んでいるのに気がついた。
「エルス……。この愛情たっぷりの愛妻フラウム様の手料理を、晒しものにするつもりで作らせたわけ……?」
「いや、そうじゃない。絶対に違う。晒すつもりなんてないよ」
事実、そういうつもりではないため、首を振る。いや、晒しているというのもある意味事実なのか……?
自信がなくなりそうになったのをごまかして、エルスウェンは続けた。
「あのね、フラウムが僕に作ってくれる料理には、特徴があるんだよ。いつも魔力を注ぎ込んで作るだろう?」
「え? うん」
「相当、強く魔力を込めるだろう?」
「うん。当ったり前じゃん。イコール愛だもん」
「そうすると、こうなっちゃうんだ。料理が」
エルスウェンは、皿を示す。
それを聞いていたロイドが、あっ、と声を上げた。
「分かった! これ、呪われてるんだ!」
「コラ! ロイド! もういっぺん言ってみろや!」
ロイドの発言に激憤して唾を飛ばすフラウム。それにカレンが吹き出して大笑いしている。アガサも口元を押さえ、ぷるぷる震えていた。
ロイド本人は、必死に両手を振って弁明した。
「いやっ、あのね、フラウムちゃんの料理が呪われているってことじゃなくて。このパンケーキ(?)っていうのが、呪いの品と同じなんだって思って」
「結局私の料理が呪われてるって言ってんじゃんかそれ!」
キー! と犬歯を剥き出して怒るフラウムを、背中を撫でてなだめる。
「どうどう。落ち着いて、フラウム。呪いの品、って言っても、色々あるんだ。呪われたものって、装備すると具合が悪くなったり、最悪命を落としたりするものもあるけど。フラウムのパンケーキは、迷宮内で見つかる物品の、もっとも単純な呪いがかかってるってことを、これでみんなに説明したかったんだ」
「エルスまで呪いの品って言うー! 愛の手料理をー!」
「ご、ごめんごめん」
頭を抱えるフラウムを、またなだめる。
と、ラティアが手を叩いた。なにか分かったらしい。
「なるほどな……。そういうことか……! これを見ても、誰ひとりパンケーキだと認識できないのは……」
キャリス、アミディエルも頷いている。
「つまりは、まさにパンケーキ(?)ということだったのですね」
「パンケーキ(?)だと思ったのは、間違いではなかった、と……」




