第85話 真実と愛の手料理発表会 #1
ベルハルトとアガサ、ファルクが目を覚ました翌日。時刻は午前九時きっかり。
黒燿の剣士の討伐隊に選ばれたパーティの面々は、無理を言って貸しきりにしてもらった『サブリナの台所』に集合していた。
その全員が見渡せるカウンター席の前に立ち、エルスウェンは内心でかなり狼狽していた。
集まっているのは、ベルハルトたちのパーティに、ロイドたちのパーティ、そしてラティアたちのパーティ。
さらに、ラークとアミディエルに、ドゥエルメ――だけではなかった。
アミディエルは、王宮より驚くべきゲストを連れてきた。
それは、女王マルガレータと、王女シャルロッテだった。
なぜこんなことになっているのか。
エルスウェン自身が、混乱していた。宰相であるアミディエルや女王守護隊のドゥエルメは、積極的に討伐に協力してくれるから分かるのだが。なぜ、女王と王女がここに?
しかも女王と王女は単なる見物客だと言い、席にも座らず入口近くの壁際に立ち、遠巻きにしている。
昨日ファルクの覚醒後に王宮を訪ねたエルスウェンは、アミディエルを見つけて、黒燿の剣士の最後の謎について説明をするから、明日の朝九時に、酒場『サブリナの台所』に来てほしい、と言っただけだ。決して、女王陛下に王女殿下にも成果をご覧に入れたい――などとは言っていないはずだった。
強烈な光景に、本来話すべきことまで忘れそうになっていると、アミディエルが助け船を出してくれた。
「エルスウェン君。動揺は理解できますが、陛下と殿下は、ただの興味本位での見物だとおっしゃっていますから……。気にせずにどうぞ、説明をお願いします」
「いや、あの……。気にするなっていうのが無理な話で……」
かろうじて答えると、我ながらガチガチに緊張していると分かる声だった。アミディエルのほうも、ここに至るまでにちょっとした苦労があったのか、諦観と疲れが含まれている気がしたが。
それに口元を押さえて笑うのは、女王だ。
「アミディエルの言う通りだ。わらわとシャー……ルロッテは単なる見物客。壁の絵だと思ってくれて構わぬよ。好きに進めるがよい」
「いや……無理です」
絶対に無理だと思えたので、エルスウェンは素直に白旗を揚げた。
と、ラークが女王を見て、言う。
「むしろ、女王陛下と王女殿下にも、話に積極的に参加してもらえばいいんじゃないかな。王族の無言の圧力ってのは、やっぱりなんだか恐ろしいだろう。きっと説明も長くなるだろうし、まずはこっちに座ってもらったほうがいいんじゃないか」
ここに女王守護隊がいれば斬り掛かられそうな言い方だったが、女王はなるほどと、鷹揚に頷いてみせた。
それから王女を促し、ふたりで空いている席につく。
「へっ、陛下! よろしいのですか?」
次に慌てたのはアミディエルだった。額に汗まで浮かべている。
が、女王は全く意に介した様子はなく、穏やかに頷いた。ついているのが下町の酒場のテーブルであろうと一切失われていない気品でもって、口を開く。
「構わぬ。統治者は常に民の目線の高さも意識せねばならぬ。ましてや、ここにいるのは命を賭して迷宮に挑む探索者たちだ。わらわがこちらに降りて当然であろう。そなたらが同席するのを拒むというのなら、退席するが。どうだ?」
女王に問われて、誰もなにも答えなかった。答えられなかった。女王の言葉を否定するなどという無礼は働けないし、退席を促すこともできるわけがない。絶対に答えられない問いである。
勝ち誇ったわけではないだろうが、それに小さく女王は笑った。
「沈黙は肯定と受け取ろう。して、エルスウェン。そなたは、かの黒燿の剣士の重大な謎を解いたそうだな?」
「えっ? あ、はい。解きました」
まさか女王が話を進めてくるとは思わなかったので、咄嗟に頷く。
「なんでも、黒燿の剣士には、討伐を難しくさせる複数の魔法の加護が込められているとか。確か、分かっているだけでも、魔法消去と、浮羽の加護であったか」
「はい、その通りです。それも改めて、説明しましょうか」
「うむ、頼む」
女王は聡明な人だと、こうして会話をしていても分かる。今質問してきた黒燿の剣士の加護についても、ラティアの報告書などを通じて完全に頭に入っているはずだ。
なのにこうして聞いてくれるのは、エルスウェンへの気遣いだろう。話しやすいことを話させることで、緊張を解く手助けをしてくれている。
それが分かると、自然と心も楽になった。咳払いをひとつして、エルスウェンは話を始めた。
「まず、魔法消去の加護についてです。これは、黒燿の剣士に対して使用する魔法が、全て無効化されてしまうという、現状で最も厄介な加護です。ただ、これについては破る方法が現状、ふたつあります。膨大な魔力を使用する凄まじい威力の魔法であれば貫通できる、ということと、黒燿の剣士を対象にしないような魔法であれば無効化できない、という欠点があるんです」
「対象にしない魔法、というと……?」
疑問の声を上げたのは、王女だった。独り言かどうか迷ったが、エルスウェンは答えておくことにした。
「防御や回復、転移など、こちらのパーティを対象にする魔法までは無効化できません。攻撃魔法であれば、爆発の魔法などですね。あとは……対象を持たない魔法であれば、発動後に干渉して消去する、ということもできません。魔法を黒燿の剣士に向けてしまえば、発動後であろうと問答無用で消去されてしまいますが……対象にさえしなければ、魔法はまず、無効化されないと見ていいと思います」
「なるほど……」
王女は、何度か頷いていた。
エルスウェンには、彼女がなにか、黒燿の剣士の討伐に対して並々ならぬ興味を抱いているように見えた。
よくよく考えれば、女王がここにいる理由があっても、王女までもがここにいる理由がないという気がする。なぜ、彼女がここにいるのだろうか。
ひとまずそれは、頭から追い出す。王女もそれ以上の言葉はないようだったので、エルスウェンは話を進めた。
「もうひとつ、浮羽の加護は、対象者の音と気配を消し去るという、隠密行動向きの加護です。床に仕掛けられた罠にも掛からなくなるという効果があります」
「それは……近づいてくる黒燿の剣士に、誰も気がつけない、ということですか」
王女の再びの質問に、エルスウェンは頷いた。
「そうです。気配の察知に長けたロイド、ジェイのふたりでも、気がつけなかったんです。姿も真っ黒なので、魔法の照明が届かない闇の中での目視もできません。さらに、僕の生命探知の魔法も、魔法消去で無効化されます。このせいで、ロイドたちのパーティが奇襲を受けて、甚大な被害を受けました」
「魔法を受けつけず、接近にも気づけぬ敵……改めて、厄介だな。そんなものと入り組んだ迷宮内で対峙するというのは、悪夢としか思えぬであろう」
唸るように、女王が言う。
呼応するように、王女も口を開いた。
「黒燿の剣士は、卓越した武技の持ち主だとか。ドゥエルメでも敵わないほどの」
「そうです。ドゥエルメさんでも、ジェイとマイルズのふたりがかりでも……ベルハルト、ファルクが相手であろうと歯牙にもかけないほどの強敵です」
「しかも、全くダメージを受けない。そうだな?」
女王に言われて、エルスウェンは息をついた。
ようやく、本題へと辿り着いた。
「はい。今まで、それが大きな謎のひとつでした。黒燿の剣士は、ダメージを受けないんです。どんな攻撃を受けても怯まない。ジェイが渾身の打撃を加えても平然と反撃をしてくる。ラークが、急所に矢を命中させても意に介さない。カレンが、全力で放った爆発魔法を受けても無傷。それどころか……僕の母の攻撃魔法でも、ほとんどダメージは与えられませんでした」
「それがなぜなのか……分かったというのか?」
女王の質問に、エルスウェンは頷いた。




