第83話 再起 #3
エルスウェンは、ベッドに身を乗り出した。りんごの乗った小皿をサイドテーブルに載せるが、膝の上の本が床に落ちた。
それには構わず、ファルクの顔を覗き込む。
「ファルク! 気がついた!?」
「あ……。え、エルス……。ここは……?」
「診療所だよ。ファルク、君は助かったんだ。蘇生が成功した」
言うと、ファルクは目の色を変えた。が、すぐに戻る。
力無く横たわったまま、ぽつりとこぼす。
「そうか……。俺……あいつに向かっていって。それで……」
「……なにがあったかは、覚えてる?」
エルスウェンは迷宮内で起きたことを詳しく詰めていないが、一連の流れはラークから簡単に聞いている。
ファルクは、うわごとのように言った。
「向かっていったけど……なにも通じなくて。剣は、全部避けられて、それで……腕を、斬り落とされて。そのあと……剣が、胸に」
エルスウェンは頷いた。
「うん。それで、ファルクは……やられたんだ」
「ベルハルトさんと……アガサさんは? カレンさん、ラークさんは?」
「ふたりとも、蘇生には成功したよ。大丈夫。カレン、ラークは死ななかった」
教えると、ファルクの瞳に、じわりと涙が滲み始めた。
それはすぐに溢れて、こめかみを伝って枕へ染みこんでいく。
「よ……よかった……。俺、もう、ダメなのかと思って……!」
嗚咽しながら、ファルクは続けた。
「いきなり、あの剣士が現れて。ぼうっとしている間に、アガサさんがいきなり殺されて……! 俺、それでも動けなくて、俺の代わりに、ベルハルトさんが向かっていって、それでもやられてしまって……!」
エルスウェンは頷きながら、ファルクの言葉を聞いた。
「ラークさんが、逃げろって、エルスたちに、パーティがやられたって伝えろって……でも俺、逃げられなくて、逃げることもできなくて、俺は……ラークさんの言うことも聞けなくて、それで……!」
「分かってる、ファルク、もういいんだ。大丈夫、助かったんだから――」
なだめようとしたが、堰を切ったようにファルクは止まらなかった。
「パーティのことを考えたら、ラークさんの言うことを、聞くべきだった……のに、俺は、ここで逃げたら駄目だと思って、それで……また、勝手なことを……!」
「確かに、あれは考えうる中で、一番最悪な行動だったね」
言いながら、ラークが立ち上がり、ファルクの顔を覗き込んだ。
ファルクは目を見開くと、また涙をこぼした。
「ラークさん、すいません、俺……っ!」
「いいんだよ。むしろぼくは、あの剣士に向かっていった君を尊敬している」
ラークはそっと、ファルクの涙を指で拭った。
「命を賭けてもいい。死んでもいい。ファルク君は、酒場での話し合いの時にそう言っていたな。その決意が本物だったことに驚いたんだ。そしてあの時、本当に決意した人の美しさ――そういうものを見せてもらえた。グッときたよ。君は立派だった。もし灰になったら、ぼくが撒いてあげようと思っていたくらいだ」
その言葉に、ファルクはぽかんとしたあと、笑った。
ラークも笑い返した。笑顔で続ける。
「死ぬ気で頑張るだの、そんなことを本当に死ぬ覚悟もなく言う人がいる。だから、本物を見られると思わなかった。ファルク君は馬鹿だ。でも、君みたいな馬鹿は、ぼくは好きだよ。君はきっと強くなれる。君が示したのは、本物の勇気なんだから」
ラークの言葉を聞いて、エルスウェンは最初の探索時、ラティアに怒られたことを思い出した。自らの命を省みない行動について、彼女はこう言っていた。
『破れかぶれに、自暴自棄に行動することは勇気ではない。それはただの蛮勇だ。勇気とは、ある種の気高き覚悟と決意でもって、なにかを選び取れるか、ということなんだ』
ラークが言いたいのは、つまりそういうことなのだろう。
ファルクの行動は、愚かであっても、彼という存在のためには正しい行動だった。
彼は命のやり取りの限界点で、逃げないことを選んだ。決して勝てない相手にひとりで立ち向かい、命を賭けて仲間を逃がそうとした。
逃げていても、もちろん正解だったろう。肝心なのは、ファルクが自分で考えて、選び、そうしたという事実なのだから。
しかし彼は、逃げない道を選んで、黒燿の剣士に向かっていった。
これがファルクが前を向くきっかけになってほしいと思った。そして、きっとそうなるだろうと思えた。
「ラークさん……。ありがとう、ございます」
「ふふん、お礼を言うのは、ぼくのほうなんだよ。ありがとう、ファルク。君が命を賭けたから、ぼくとカレンは生き残ったんだ。君の行動には、確かな意味があったんだよ。あとは……」
ラークは、くいと顎でエルスウェンを指してきた。
「ぼくたちを連れて帰ってくれたエルスや、ジェイたちに言うんだね。ぼくはなにもできなかった。だから――」
ラークはぽんと、ファルクの胸を叩いた。
「次、がんばろう。なに、気にすることないさ。まだまだぼくたちは新米だ。誰にだってはじめの一歩がある。そうだろう?」
ファルクは言われて、鼻をすすった。一度頷いて、それから言った。
「俺……ラークさんよりは先輩なんですけど……」
「そうだったな。いや、分かってるよ。先輩らしいところを見せてくれたんだからね。りんご食べるかい? 水を飲むかい?」




