第82話 再起 #2
最後のりんごを切り終えて、ラークは皿をベッド脇のテーブルに置く。
「今回の討伐が終われば、それは賑やかな打ち上げが行われるだろうな」
「それは、そうだろうね」
「楽しみだな。もちろん、生きて討伐を終えられたら、の話だけど」
ラークは、まだ目を覚まさないファルクに視線を落とした。
「初めて迷宮に入ってみて、そして黒燿の剣士とやらに遭遇して、戦いを経験してみて……とても勉強になったよ。あれだな。探索者っていうのは、途方もない馬鹿者の集まりだな」
言葉はひどいが、ラークの声音には、最大限の親愛が込められていた。
「あるものは最深部を目指し、あるものは財宝を求め……そういう環境で、なぜ相争わず、むしろ共闘しているのか不思議だった。探索者が死ねば、パーティの一員でなくとも葬儀に集まり、共に涙を流す。理解できなかった」
エルスウェンは目で、先を促した。ラークは一呼吸置いて、続ける。
「でも、よく分かったよ。探索者にしか味わえないものがある。命を預けた仲間と共に戦うことでしか味わえないなにかがあるんだ。その『なにか』を言葉にすることは難しいけれど……それに命を賭ける価値は、十分にあると思った」
エルスウェンは頷いた。
自分は、父の痕跡を探すために探索者を志した――そう思っていたし、周囲に聞かれたときには、そう答えていた。
物心ついたときから、そう思っていた気さえする。ただ、そんな子供の頃に父と迷宮の事情を理解できていたわけはない。だから、自分の心のどこかに違う理由がある気がしていた。
たまに、振り返って考えてみることもあった。そういえば最近、ジェイとそういう話をしたこともあったか。
なぜ、探索者になったのか。
自問をしても、それは底の見えない穴に小石を落としたときのように、曖昧な反響を返してくるだけだった。
幼い頃から、探索者であるザングがそばにいてくれたというのは、動機のひとつに数えられるのだろうか? もちろん、影響は受けているのだろうが。
訓練所に通うようになっても、分からなかった。
その頃には、父の痕跡を探すというのは、理由ではなく、探索者になってからの目標のひとつに過ぎないのだとも感じ始めていた。
それを思い返しながら、エルスウェンは答えた。
「僕も、そう思った。数ヶ月前に、ラティアたちと初めて迷宮へ足を踏み入れて……そうだな、ラークと同じ感想を持ったよ」
目を閉じたままのファルクの顔に視線を移して、続ける。
「他に道はあったと思う。魔法研究の学者とかね。でも僕は、学校ではなくて訓練所に通うことにした。僕は自分で、不思議に思っていた。なんで……僕は探索者になろうと思ったのか。分からないけど……なにかに突き動かされるみたいに、それを目指していたと思う」
「お父さんの影響かな。それとも、ご先祖様の教育の賜物?」
「どちらもピンとこないっていうのが、現実なんだ。でも、変な話だけど……迷宮に入って初めて、ラークみたいに分かった感じだったな」
「そうか」
「うん。迷宮に入って、自分の身につけた魔法で、パーティや他の探索者たちを助けて……その時に、僕はこうするためにいるんだ、って思えた。なんだか、順番が逆みたいな感じだけどね。迷宮に入ってから、ああ――最初から僕はこうしたかったんだなって」
「うん。よく分かるよ。でも、そういうものなんじゃないかな。手にして初めて、大切だとか愛しいと思えるっていうことは、あるわけだろう。やることなすこと、すべてに理由が付きまとっているなんて必要もないわけだしな」
「うん」
「そういうことさ。これが分かったのが、失って初めて、じゃないことに感謝しないといけないな」
ラークはりんごを一切れ口に放り込むと、咀嚼して飲み込んだ。
それから、りんごを剥いていたナイフで、首元をとんとんと叩いてみせる。
「そうなるところだった。あれは……本当に死を覚悟してたんだ。魔族の血なんて因果なものを引いているせいか、年齢のせいか分からないけれど、ぼくには、恐怖心っていうものがなくてね」
「そうなの? やけに落ち着いているな、とは思っていたけど」
「ああ。いや、ないわけじゃない。恐いという気持ち自体はあるんだけど……なんて言えばいいかな。君たちみたいに怯えて止まったりしないというか……そういう感じなんだ」
「恐怖っていうのは、動きを制限するものだと思うけど。ラークは違うってこと?」
「そうかもしれないな。どうしても、なぜなのか、どうなっているのか、という好奇心みたいなもののほうが勝ってしまう。でも、あの黒燿の剣士に殺される手前まで行ったときは、参ったね。エルス、君の顔が浮かんできた」
「僕の?」
聞き返すと、ラークはナイフでりんごを突き刺して食べる。咀嚼しながら頷いた。
ゆっくりと飲み込み終えてから、彼は口を開く。
「そうなんだ。せっかく君の力になると言ったのにね。あっさり一回目で死ぬとなったときは、さすがに……未練ってものを感じたな」
「生きていてくれて良かったよ」
「それはドゥエルメのおかげだ。ひいては、みんなのおかげだな。あの剣士が転移をしてきてから、ベルハルトが立ち向かい、ファルクが立ち向かい……カレンはほとんど、ぼくの盾になってくれたようなものだった。みんなに生かしてもらった」
ラークは、顔から笑みを消して、真剣な顔つきで言った。
「だから、今度はぼくが借りを返すよ。……あいつとは最高に相性が悪いけど、弓矢でできることがあるなら、また協力させてくれ」
「うん。当たり前だろう? ラークはもう、仲間なんだから」
「ああ。そうだね。じゃあ、借りを返すというのも変か。仲間なら」
「うん。そういうことだね」
頷くと、ラークは真剣な顔を崩して、微笑む。その表情からは、強い親愛の情が感じられた。
人族の一生以上の期間をひとりで過ごしてきたのだから、人恋しさみたいなものがあるのかもしれない。
せっかく平穏な生活を満喫していたところを、こちらの都合で生き死にの世界に引き込んでしまったことを、申し訳なく思わないわけではない――いきなり死にかけてしまったわけだし。
でも……それでも彼は探索者の仲間でいたいと言ってくれた。探索者のやることを見た上で、共感し、一緒に戦うと言ってくれた。
ありがたい――そう思った。
ラークの言葉を噛みしめていると、ファルクが動いた。
「うっ……」
そして、掠れた声を出す。目を覚ましたようだ。




