第78話 絶望を照らす希望 #3
「……そんな……!」
カレンが絶望的な声を発した。ラークが失笑するのが聞こえた。
それもそうだろう。全くの無傷で、黒燿の剣士は光の壁の向こうに佇んでいたからだ。うずくまることも、倒れることもなく、静かに立っている。
母の魔法でも倒せなかったのだから、カレンの爆発魔法で倒せるわけはない。
エルスウェンもそれは道理で分かっていたが、その理不尽なまでの耐久力を再び目の当たりにして、もはや言葉もなかった。
ただ、向こうも防御壁をどうしようもないらしく、なにもしようとしない。身じろぎひとつせず、音も立てず、幽霊――というよりは枯れ木かなにかのように、そこに立ち尽くしている。
これがラークに説明した『十分な成算』だった。
エルスウェンの魔力は無尽蔵にあるため、集中を切らせたり、自ら消そうとしない限り、魔法の防御壁は消えない。この状況を作り出すことさえできれば、黒燿の剣士の背後にいる魔族がなにを送り込んでこようと、こちらに手出しはできない。
ただ、これは今回だけ通用する手でしかないだろう。
こういう手段がある、ということを知られてしまえば、防ぐ手立ては無数にある。無制限に防御壁を維持できるのはエルスウェンだけなので、エルスウェンになんとしても防御魔法を唱えさせない方法を取られてしまえば、どうしようもない。
ひとりが一度に扱える魔法はひとつまでであるため、魔法の防御壁を維持している間エルスウェンは無力である、ということも問題だった。
なので、この機会を生かし、さらなる手立てを考えなければならない。カレンの爆発魔法が通用する、ということは証明できたが、それ自体は、黒燿の剣士の討伐には役立たない。それを踏まえて、新たな手を考えねばならなかった。
エルスウェンは、自分の父かもしれない、その剣士を観察した。考えた。
初めて、命の危機なく対峙する、黒燿の剣士。
全身が瘴気と漆黒の鎧に包まれた、謎の剣士。
ドゥエルメも、アミディエルも父だろうと答えるが、誰もその容貌からは父だと特定できなかった。
――そういう、ことだったのか……。
観察ののち、その理由をようやく突き止めて、エルスウェンは頷いた。
それから、全員に告げる。
「撤退しましょう。ベルハルトたちに、早く蘇生の儀式を受けさせないと。それに、この剣士には、今は勝てません」
「おい、エルス――きみ、《《今は》》って言ったかい?」
驚いた顔で、確認するように言ってきたのは、ラークだった。それに頷く。
「うん。今はね。キャリス、帰還の巻物を使って、四人外へ。僕は防御壁を維持しないといけないから……」
「はい。では――」
キャリスは巻物を広げて、記述されている簡略化された呪文を読んだ。
次の瞬間には、キャリスと、アガサ、ファルク、ベルハルトの死体が転移して、いなくなっていた。
次に、エルスウェンはドゥエルメに言った。
「ドゥエルメさん、大丈夫ですか?」
「ああ……まぁ、かなりやられたが、死ぬほどじゃあない」
よくよく見ると、ドゥエルメは最後にやられた背中の傷だけでなく、身体中に傷を負っていた。黒燿の剣士相手に互角に戦っているように見えたが、ジェイの言う通り、かなりの綱渡りだったようだ。全身鎧を着ていようと、そのところどころが割れ、破れ、出血している。
それでも執念でもって場を維持してくれた王国最強の戦士に、進言する。
「ドゥエルメさん、どうか先に離脱して、治療を受けてください」
「うむ。では……言葉に甘えようか」
ドゥエルメは、甲冑の胸元に手を差し入れると、巻物を取り出した。キャリスと同じ手順で使用し、離脱していく。
残ったのは、エルスウェンとジェイ、ラーク、カレンだ。
「どうなることかと思ったけど……パズルのピースは揃ったと見ていいんだな?」
腕組みをしたラークが訊いてくる。
エルスウェンは頷き返した。
「ベルハルトの……みんなの犠牲を無駄にはしないよ。絶対にね」
当て馬を買って出てくれたベルハルトの豪快な笑顔、こちらの頼みをしっかりと聞き届けようとしてくれたアガサ、そして、力強い握手を返して迷宮へ進んでいったファルクの決然とした顔、後ろ姿を思い出しながら、答える。
彼らには二度と会えないかもしれない。だが、そうなったとしても。必ず仇は討ってみせる。
ジェイは帰還の巻物を取り出した。
「では、離脱するぞ?」
「うん。お願い」
エルスウェンは頷いた。カレンの身体を、しっかりと支える。毒から回復して間もないのに全力で魔法を撃ったせいか、彼女は身体に力が入らないようだった。
ジェイの帰還の巻物が発動するまでの間、エルスウェンは、ただ黙って、黒燿の剣士を見つめ続けていた。




