第77話 絶望を照らす希望 #2
「じゃあ、その前にみんなで脱出だな。だろう? エルス、気づいているかもしれないが、これは罠だ。ぼくたちは……まんまとしてやられたんだ」
「うん、分かってる。この小鬼たちも……たぶん、魔族が送り込んできたんだね」
エルスウェンは、石畳に散らばっている肉片を一瞥した。
「ああ。きっと転移の魔法だ。いつの間にか音もなく囲まれていた。魔族ってのがどれほど本気か分からないが……第二波が来るとまずいぜ」
ラークの言葉に、エルスウェンは頷いた。小鬼はざっと、二十体以上はいた。それだけの数を転移させるのには、相当の魔力と集中力を要するはずだ。何度もできることとは思えない。が、魔族の実力が分からない以上、楽観視はできない。
しかしそれでも、ただ逃げるわけにはいかなかった。この状況は、《《ベルハルトたちが黒燿の剣士をおびき出した》》、と言える。彼らの犠牲のおかげで、エルスウェンたち救援隊は、無傷で対峙できているとも言い換えられるのだ。
彼らの死を無駄にしないためにも、状況が許す限り、エルスウェンは自身にできるすべてを試すつもりだった。
「その前に試したいことがあるんだ。キャリス、爆発の魔法を準備してくれる? 僕が防御魔法を組むから」
「おい、エルス、相手を甘く見ない方が――」
ラークが口を挟んでくるが、みなまで言わせず、首を振った。
「大丈夫。甘くは見ていない。これからやるのは、アガサ、カレンがやるはずだったことなんだ。そしてそれは、僕たちの安全も確保できる。僕がやれば、アガサがやるよりも安全だと思う」
「本当か? しくじる確率は?」
「ドゥエルメさん次第。しくじったら、キャリスが帰還の巻物を使ってみんなを逃がす。しくじっても死ぬのは僕と、ドゥエルメさんくらいだから、大丈夫だよ」
「おい、きみは、そういうことをな――」
「大丈夫、ドゥエルメさんを信じよう。そこさえどうにかなれば、絶対に安全のはずなんだ。たとえ増援に黒燿の剣士を十体送られようと平気だ。分の悪い賭けなんかじゃない。十分すぎる成算はある」
言い切る。するとラークは、ほんの数瞬こちらと視線を結んで、息をついた。
「……絶対に止めるつもりだったんだけど。くそ、そう言われるとどんなプランなのか、興味が湧いてきたな。なにをやるのか、カレンたちからも聞いてなかったし」
ラークは言ってから、腕組みをした。
「それなら、ぼくも見届けよう。きみをひとりでは死なせない」
「分かった。でも、危なくなったらキャリスと脱出してよ」
「お断りだ。ぼくは、きみと巻物で脱出する」
言い返してきたラークに、エルスウェンは苦笑した。
それから、意識をドゥエルメと黒燿の剣士に向ける。
彼に言った通り、カレンたちに万が一があれば、それをエルスウェンとキャリスのふたりでやることにしていた。安全に脱出するための布石でもあるからだ。
「じゃあ、すぐにやろう。キャリス、準備はいい?」
キャリスは汗を拭いながら頷く。
「カレンさんほどの火力は望めませんが……やりましょう」
エルスウェンも頷き返し、魔法のための集中に入ろうとした。そのとき。
「……ま……って……!」
すでに死んでいると思われていたカレンが、声を出した。
「カレン! 生きてたの!?」
「なん……とかね……」
身体を支え、助け起こすと彼女の顔は蒼白で、呼吸も弱々しい。背中に刺さった矢は、彼女らを囲んでいた小鬼に撃たれたものだろう。すぐにピンと来た。
「毒……! ちょっと待って、すぐに癒やす」
エルスウェンは、矢を掴むと治療の魔法を詠唱した。同時に、矢を引き抜く。
普通であれば刺さって時間の経った矢は、簡単に抜くことはできないが、魔法の力であれば造作もない。矢は簡単に外れ、傷口も元通りに治る。
解毒も完了したカレンは、目に強い光を宿していた。
「エルス君、私にやらせて。……アガサをやられた。ベルハルトも、ファルクくんも……! 黙って逃げるなんて、できない……! あいつを、殺してやる……!」
カレンは完全に怒り狂っていた。小鬼たちの返り血が顔にかかっていて、髪は頬にへばりつき、凄まじい容貌になっている。その気迫だけで魔物を殺せそうなほどだ。
なだめる方法はない、とエルスウェンは認めた。
元々はカレンたちの考案した戦術だ。そして、爆発の魔法のエキスパートであるカレンが実行してくれるというのだから、断る理由もない。
「分かった。やろう。僕が防御魔法を使う。いい?」
カレンは一も二もなく、頷いた。
エルスウェンはキャリスに目配せをした。キャリスは頷くと、帰還の巻物を取り出して万が一の場合に即座に逃げ出せる体勢を作る。
それを確認して、未だに驚異的な粘りを見せて食い下がるドゥエルメに叫んだ。
「ドゥエルメさん! 僕の詠唱が終わる直前に、こちらへ逃げてください!」
即座に、防御魔法の詠唱へ入った。
「大地、天空、海原――その全てを照らす光よ、闇を跳ね返す無毀の盾となれ!」
ドゥエルメが黒燿の剣士から距離を取り、こちらへ横っ飛びをする。しかし、素早く剣が、彼を追う。
「ぬぅっ……!」
剣が、甲冑を割ってドゥエルメの背中を浅くえぐった。が――
とどめを刺そうと追いかけた剣を、突如として現れた光の壁が遮った。
あらゆる物理的な干渉を跳ね返す、魔法の防御壁だ。それはエルスウェンを中心にして半球状に発現し、ベルハルトたちのパーティの死体も含めて、パーティの全てを保護している。
無事に、成功した。エルスウェンはほっと息を漏らした。額の汗を拭う。
ドゥエルメが遅れて、防御壁の中に黒燿の剣士が入ってきてしまったら、万事休すだった。救援の作戦立案時に、エルスウェンはドゥエルメに実際に魔法を見せて、その機微については打ち合わせてある。なので、まず失敗をしないことは分かっていたが、緊張の一瞬だった。
防御壁を作る魔法は、対象を持たない魔法である。発動に魔法消去の影響を受けない自信はあったが、これは発動後であっても消去されないようだ。
そして、支えていたカレンの身体から、凄まじいまでの魔力が湧き起こる。
最大出力の詠唱だと分かった。後も先も考えない、掛け値なしの全力。彼女が、ほとばしる殺意と共に呪文を紡ぐ。
「唸れ! 無色の咆哮よ! 歌え! 破滅の聖歌を!」
カレンは喉から血が出そうなほどの音声で叫んでいた。
「呪え――己の定めを! そして黄泉路に散れ……塵の如く!」
光の壁の向こう側が。漆黒の迷宮が。
詠唱が結ばれると同時に、白色に染められた。そして、大爆発を起こした。
竜骸迷宮を、いや、岩山そのものを揺るがすほどの爆轟だった。迷宮は信じられないほど頑丈に作られていて、中でどんな攻撃魔法を使おうが崩落などしないと言われている。
にもかかわらず、天井から石が落ちてきた。魔法で作り出した防御壁に当たって、乾いた音を立てている。
その音を聞きながら、エルスウェンは晴れやかな気持ちになっていた。
――やはりだ。爆発の魔法なら、魔法消去に妨害されないんだ。
エルスウェンの脳裏には、昨日カレンから聞いた言葉が蘇っていた。
『私なら多分、魔法消去は突破できるかもしれないって思っててね』
カレンなら――それはつまり、彼女の得意とする爆発の魔法なら突破できるかも、という、そのままの意味だったのだ。
魔法というのは、対象を狙ってかけるものだ。そして黒燿の剣士の持つ魔法消去の加護は、黒燿の剣士を対象にする魔法の全てを消去してしまう。
なぜ、爆発の魔法が魔法消去にかからないのか?
それは、特定の対象を狙わない魔法だからだ。
爆発の魔法は、指定した空間に爆発を引き起こして、その爆風や衝撃波――つまり余波で攻撃をする。魔法が関係するのは爆発を起こすところまでで、余波に魔力は関係していない。だから、消去されないのだ。
爆発の魔法は敵味方関係なく被害を与える。だから普段は、アガサが防御壁を張ったうえで、カレンが魔法で敵を一掃しているのだと、聞いたことがあった。これは別に特別な作戦やアイディアというわけではなく、彼女たちにとっては、当たり前のことだったのだ。
爆発によって起きた塵煙が、光の壁の向こうで徐々に晴れていく――




