第75話 底無しの絶望 #4
ラークは戦慄していた。
ここまでが、黒燿の剣士の主とやらの計画した本物の罠だったと悟った。
罠の内容は、つまり――
黒燿の剣士の主は、こちらが迷宮で逃げられない場所に差し掛かった時や、疲れ果てた時に黒燿の剣士を送り込むつもりではなかった。もっと簡単で、もっと絶対的な隙が生まれている瞬間を狙っていたのだ。
それは、パーティが帰還の魔法を使う瞬間だ。
あのまま探索を続けても、黒燿の剣士とは遭遇しなかっただろう。
ラークたちが迷宮をしらみ潰しにしても黒燿の剣士を見つけられず、諦めて疲労困憊でパーティが帰還しようとする――その瞬間を狙っていたのだ。
魔族はおそらく、魔法の気配を察知できる。ラークができるようにだ。相手は魔法を用いてこちらの様子を監視していて、帰還魔法の使用を見てから、転移魔法で黒燿の剣士を送り込んできたのかもしれない。
帰還魔法を使用しようとすれば、パーティ全体は必然的に足を止めることになる。絶好の瞬間だ。パーティのど真ん中を狙って転移させるなど、造作も無いだろう。
あるいは――
こちらの帰還の魔法に反応して、自動的に剣士が転移するように仕組んでいたのだろうか。
ラークにはそんなことが魔法で可能なのかは分からなかったが、どちらかだろうと思った。そして、どちらにせよ最悪で効果覿面の罠だった。
最悪なのは、黒燿の剣士を送り込んでこの罠は終わりではないことだった。ダメ押しとして、転移魔法で小鬼の群れを送り込んで、押し包む。罠に落ちた獲物は、絶対に逃がさないという意思を感じるようだ。
よくもまあ、こんなことを考えつくものだとラークはむしろ感心していた。呆れ笑いが出てきてしまうほどだ。
こちらの準備や心構えが足りていなかったとは思わないが、どこか、うぬぼれがあったのかもしれない。迷宮は、探索者に蹂躙されて当然だという、思い上がりだ。
こちらが狩る側で、向こうは狩られる側――その役割に疑問を持てなかったことが、敗北の第一歩だったのだろう。気づくのが、遅すぎた。
――考えてみれば、ぼくは探索者自体、よく分からない変人だと思ってたか。
二十体以上はいる小鬼の群れに、ラークは四本速射をしつつ考える。
――でも、面白い連中ばかりだった。もう少し、一緒に過ごしたかったな。
四体の小鬼が斃れる。こちらの勢いに、小鬼たちが怯んだ。その隙を突いて、さらに射掛けようとして――
背後に嫌なものを感じ、咄嗟に身を屈める。
ひゅん、と鋭いものが空を切ったのが分かった。地面を蹴って転がり、素早く身体を起こす。
黒燿の剣士だった。ファルクではなく、こちらに狙いを定めてきた。
ラークは何度目か分からない苦笑をした。
今の斬撃で断ち切られて、使いものにならなくなった弓を捨てる。
ついでに、無意味になった矢筒も放り捨てた。丸腰になる。
少し離れた場所に、右腕を斬り落とされて地面に伏せているファルクが見えた。
小さく、身体が痙攣しているのが分かる。末期の痙攣だ。彼も死んだ。
武器を失った今、ラークも死が確定したようなものだった。残っている武装は、短剣だけだ。が、黒燿の剣士にこれで戦えるとは思えない。
ほんの二メートルほどの距離を、黒燿の剣士がゆっくり、歩いてくる。
小鬼たちは、弓矢を射掛けてはこなかった。こちらを見守っているらしい。
ラークの目の前で黒燿の剣士は立ち止まると、剣を振り上げた。
跪いたまま、静かに、ラークは黒燿の剣士を見上げた。
その顔は、兜と面頬に覆われて全く容貌が分からない。
鎧も、剣も。漆黒に覆われ、どのような装備なのか、全く分からない。見えているのに。ラークの魔族の血を引いた眼を持ってしても、真なる闇に覆われているとしか分からない。
分からないなら分からないで、ラークは自分を殺すものを睨みつけ、目に焼きつけようとした。
――力になると言ったのに、これでお終いか。すまない、エルス。
脳裏に過ぎるのは、エルスウェンの顔だった。できることなら、この命でもって、彼に寄り添って生きていきたかった。
剣が振り下ろされる。それを見据えて――
轟音が響いた。思わず顔を背け、片目を瞑るほどの金属音。
振り下ろされた剣に、横から割り込んだ剣があった。隣を見ると、いつの間にか全身鎧の戦士が立っている。
「ジェイ、死体を集めろ! 黒燿の剣士は私が押し止める!」
「承知!」
声を聞いて理解した。全身鎧の戦士は、ドゥエルメだ。同時に、ジェイがアガサたちの死体を掴み、引きずって一ヶ所に集めようとしているのが見えた。
もうひとつ、声がした。
「ラーク! 無事か!?」
その声はすぐに分かった。エルスウェンだ。
どうして来てしまったんだ。絶対に来るべきじゃなかったのに――と思いつつも、ラークは苦笑ではない、歓喜の笑みが零れるのを自覚した。




