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薄明の魔法使い #0 竜骸迷宮と黒燿の剣士  作者: 式見 汀花
Ⅱ 死闘、絶望

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第71話 綻び #4

「ねっ、ねえ。どうするの?」


 フラウムが怯えて訊ねる。それに、エルスウェンは答えた。


「すぐに助けに行こう。一緒に行動するにしろ、すぐに戻るにしろ、警告は絶対に必要だ。油断しているところにもし、黒燿の剣士が来るかもしれないなら……」


「でっ、でも。そうと決まったわけじゃないでしょ?」


「ことが起きてからでは、遅いんだ。考えてみて。ベルハルトたちは、迷宮をしらみ潰しにして、安全を確保しつつ進もうとしてる。絶対安全だと確認したルートの背後から、転移してきた黒燿の剣士が忍び寄ってきたら……?」


 フラウムは、ごくりと息を呑んで、黙った。


 代わりに、ラティアが答えた。


「……どんなパーティであろうと、殺される。私やマイルズ、ジェイであろうとだ。あの黒燿の剣士を前に油断は死を意味する。不意打ちでひとり殺され、動揺している内にもうひとり。そこから先はもはや、想像する意味もない。そうならないためには……直ちに彼らを呼び戻しに行き、今分かったことを踏まえたうえで、作戦を立て直すべきだ」


 エルスウェンは頷いて、地図を見る。そして、気がついた。


 印が動いていない。広場を西に抜けようとしたところだったのだが、中途半端な位置で停止しているのだ。


「アミディエルさん、これは」


 彼は神妙な面持ちで頷いた。


「緊急事態のようですね。外にいる、ドゥエルメ殿に、ジェイ殿を呼んでください」


 言われて、フラウムが詰め所の外へと飛び出していった。


 にわかに緊張が走る。緊急を要する事態が発生したと思われる場合に、誰が救援へと向かうのかはすでに決めてある。


 エルスウェン、キャリス、ジェイ、ドゥエルメだ。


 マイルズはベルハルトの親友であり、彼になにかあった時、平静にことを運べるかが分からない。ロイドも、フラウムも同じだ。


 ラティアはいかなる状況でもリーダーシップを発揮でき、回復魔法を使用できるが。剣の実力ではドゥエルメに劣る。


 つまり、ベルハルトたちがいかなる窮地にあろうと、冷静に状況を判断し、確実に救助を遂行できることを主眼に、この四人が選ばれていた。


 救援部隊は、アミディエルの転移魔法によって、直接ベルハルトたちのいる場所へと送られる。場合によっては交戦を継続。ベルハルトたちが壊滅していれば、死体と共に帰還の巻物で脱出する。


 と、フラウムがすぐに外にいた全員を連れて戻ってきた。


「動きがあったのか?」


 ドゥエルメの問いに、アミディエルが首を振る。


「逆です。動きが止まりました。交戦中だと考えられます」


「では、出撃だな」


 簡単に頷くと、ドゥエルメは鎧を身につけるために、奥の部屋へと向かった。


 横から、フラウムがエルスウェンの腕を掴んできた。


「ね、エルス。無理はダメだよ。分かってるよね? ね?」


「分かってる。大丈夫」


 頷き返すのだが、フラウムはまだ不安そうに繰り返した。


「ホントに気をつけてよ。だって、もう一度やられたら、きっとエルスは……」


 それは自分がよく分かっている。今度は黙って頷きかける。


 急にフラウムは、目を険しくした。


「あ……! エルス!」


「なに? なにか、大事なこと?」


「『甘味スペシャル』! 前生きて帰るって約束破ったろ! 奢り!」


「ああ……」


 脱力しながらも、頷く。あのとき言った、フラウムを説得するための方便だ。


「そうだった。じゃあ、こうしよう。ちゃんと戻ってきて、奢るから」


 その言葉は、十分なものだったようだ。フラウムは強く頷く。


「絶対だぞ。ちゃんと奢ってくれないと、絶対に許さないぞ」


「分かってる。大丈夫だから」


 今度は覚悟して向かうことができる。やること、試すこともある。


 少なくとも、なにも手にできずに戻ることはない。


 たとえ自分が死んだとしても――なにかを遺すための行動を取ることができる。フラウムには悪いが、その確信があるからこそ、戦いに向かうことができる。


 ドゥエルメが、鎧を着て戻ってきた。


「さあ、行くとするか。ジェイ、エルス、キャリス。準備はいいな?」


 端的な物言いを好むドゥエルメの低い声は、まさにこういう任務のリーダーにぴったりだという感じがした。それに気を引き締めて、頷く。


 フラウムが、ジェイに言った。


「ジェイ、頼むよ。エルスを死なせないでくれよ」


「分かっている。絶対に死なせはせん。任せておけ」


 ジェイはもう、覆面までを身につけ、戦闘態勢だった。


 キャリスも準備はできているようで、席から立ち上がっている。エルスウェンも立ち上がり、全員で詰め所を出た。


 その後はアミディエルを従えて、四人で迷宮へと向かう。別れの言葉はない。あくまでも粛々と、迷宮の入口へと向かう。


 結界を乗り越えて、迷宮内へと足を踏み入れた。


 外の明かりと、迷宮の闇が交差する場所に、五人で立ち止まる。


 アミディエルは手をかざした。


「ベルハルト殿の座標は把握しています。彼らの東、二十メートルの位置へ転移させます。どうか――ご武運を」


 簡潔に告げて、アミディエルは詠唱へと入る。


 通常の転移魔法は、自分を含めて移動をさせることしかできない。


 簡単なものであればできないこともないが、パーティをひとつ、それも自身は足を踏み入れたことのない迷宮へ、地図だけを頼りに転移させてしまうほどの魔法を使えるのは、王都ではアミディエルただひとりだけだろう。彼もまた、永き時を生きる最高の魔法使いのひとりだ。


 エルスウェンたちは一言も発せず、それが完結するのを待った。


 エルスウェンは、ひたすらに集中していた。


 転移後のあらゆるパターンを頭で想像する。その対処法を確認する。


 魔法消去の加護をどうにかする方法は分かっていないが、黒燿の剣士に対する手立てそのものは、何個か考えてある。カレンからのヒントもあった。万が一のケースにおいての、キャリスとの打ち合わせも済ませている。


 ベルハルトたちが無事かどうかを想像しても意味がない。なにがあろうと、ただ、機械的に遭遇した場面に対しての対処法を実行するんだ――


 エルスウェンが自分に言い聞かせ終えたそのときに、アミディエルの転移魔法の詠唱も終了した。



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