第70話 綻び #3
「黒燿の剣士は、探索者の抹殺という指示を、主から与えられていると考えられます。キャンプではマイルズ殿が、エルスウェン君を大声で叱責していた。この階層にいたのであれば、その声に反応して、パーティへ向かってきそうなものですが……」
アミディエルは考え込むように言ってから、今度はロイドたちのパーティを示す印のほうを指した。
「そうはならなかった。左に折れたロイド殿たちのパーティが、迷宮の通路から現れた黒燿の剣士と接敵し、異変を察知したエルスウェン君たちが、駆けつけた……つまり、黒燿の剣士は、左のルートの深部に最初から潜んでいた、と我々は思い込んでいたわけです」
「思い込んでいた? 他に可能性があるのでしょうか。左のルートの奥深くに黒燿の剣士がいたのなら、私たちが先に接敵しても不自然はないと思いますが……」
キャリスが首を捻る。それに、アミディエルは頷いた。彼は地図を示す。
「左のルートは通路を抜けると玄室の集まる広場に出ますよね。階段へ通じるルートはなく、袋小路です。隠し扉や隠し通路のようなギミックもない。つまり、黒燿の剣士は袋小路の奥から出てきたことになる。それ自体は、可能性としてはあり得ることなのかもしれません。私は別の可能性も呈示できる、と言いたいのです」
アミディエルは言葉を切り、全員を見回した。
彼の言う通り、袋小路の奥から黒燿の剣士が出てきたこと自体は、あり得るといえばあり得る。黒燿の剣士がそちらを徘徊していて、そしてロイドたちの接近に気づいて、道を引き返してきた、などだ。
問題は――黒燿の剣士は、いつ、左のルートに入っていたのか、ということだ。
黒燿の剣士は牛歩だが、最初から第三階層にいたのなら、マイルズがエルスウェンに大声で説教をしていたときにこちらに勘づき、真っ直ぐにキャンプに突撃してきたはずだ。
あのとき、ザングはマイルズの怒声を、第三階層全体に響いているぞ、と指摘していた。それはいくらなんでも冗談だとしても、左の袋小路奥に黒燿の剣士がいたのなら、聞こえていないわけはないくらいの声量ではあったと思う。
だが、そうなっていない。
説教と、話し合いの時間はかなり長かった。いくら左側の袋小路の最奥にいようと、そしてのんびり歩いてこようと、黒燿の剣士は話し合いの最中にキャンプを襲撃できたはずなのだ。
が、先に接敵したのはロイドたちで、それは左に折れた後だった。
こうなると考えられるのは、黒燿の剣士は最初からずっと左のルート奥にいて、マイルズの怒声には反応せずに、その場を動くことはなかった。そのあと、ロイドたちの接近に気づいて行動を開始し、攻撃してきた、ということになる。
それも、あり得ない話とは言い切れない。だから、エルスウェンたちはずっとそうだと思っていた。
だが、フラウムの何気ない発言で、アミディエルは気づいたのだ――ベルハルトたちを取り巻く、最悪の可能性に。
「……転移の魔法ですね」
エルスウェンが指摘すると、アミディエルは頷いた。
「そうです。転移魔法を完全に失念していました。黒燿の剣士はその主によって、その手元……迷宮の深部から直接、ロイド殿のパーティの元へと転移させられてきたのではないでしょうか。その可能性があります」
その言葉に、場の温度が一度か二度は下がった気がした。
だが、それこそが正解なのだとエルスウェンは理解していた。
あのとき――黒燿の剣士がロイドのパーティに襲いかかっただろう時。エルスウェンの生命探知魔法の反応が、急におかしくなったことを思い出した。
突然、魔力を遮断するなにかがその場に現れたような反応だったが、まさしく、その通りだったのだ。
浮羽の加護を利用して黒燿の剣士は忍び寄ってきたと思い込んでいた。だが、そうでなかったのだ。魔法の照明が届かないギリギリの位置に転移してきて、そこからロイドたち目がけて歩いてきたのだろう。
「だが……魔法消去は? 黒燿の剣士に転移魔法はかけられないのでは?」
ラティアが聞き返す。が、それにはエルスウェンが答えた。
「魔法消去にも例外があるんだ。凄まじく強い魔法であれば、それを無視できる。それか、操る主であれば魔法消去に左右されず、魔法をかけられるのかもしれない。どちらにせよ、絶対に黒燿の剣士を転移させられないなんて言い切れないんだ。迷宮内は、魔族の家みたいなものなんだし……」
「……くそ、ならば、まずいぞ」
ラティアは焦った声を出した。キャリスも頷く。
「ええ。ルートの選択や、作戦はなんの意味もなさなくなってしまう……」
よりによって、母の送還の魔法によって黒燿の剣士は主の元へ送られている。
黒燿の剣士の主というのは、相当に魔法に長けた魔族なのだろう。魔族の操る魔法がどんなものなのかは分かっていないが、迷宮内の探索者の位置が分かるような魔法を持っていると仮定すると、相当にまずい。
それは決して、飛躍した妄想ではない。ロイドたちパーティの傍に、狙って黒燿の剣士を送り込んだのなら。なんらかの探知魔法が魔族にも扱える、ということが同時に成立する。
半魔族であるラークは、おそらく森人のように寿命がない。それが魔族の特徴だというなら、魔族は長い時間をかけて魔法を極めることができる、ということだ。それこそ、母のように。生命探知魔法か、それに類する魔法くらいは扱えて当然、という気がしてくる。
なにしろ寿命がないのなら、失われた古代の魔法だって扱えるはずだ。階層を跨いで対象を把握する魔法は、今のエルスウェンには扱えないし、思いつくことすらできないが……今相手をしている魔族には可能なのだと考えなくてはならない。
そして迷宮は魔族の家である。その中に飛び込んだベルハルトたちを、一体どのような策でもって、迎え撃とうとしているのか……。
エルスウェンは、想像しようとした。
かつて地上での覇権争いに敗れ、それから悠久とも思える時間を迷宮内で過ごしてきた魔族がいるとして。その策には、どれほどの悪意が込められているのだろうか?
今まで、そこについて考えてこなかった。それを、強く後悔していた。
ここに至るまで……エルスウェンたちは、『黒燿の剣士を打倒する』ということだけを考えていた。それ自体が、致命的な誤りだった。近視眼的すぎたのだ。
黒燿の剣士が、手駒にされた父の死体であるなら、その背後にいるはずの黒幕――魔族の存在について、深く斟酌しようとしてこなかった。そういうものがいるだろうことは想像していても、その悪意について想像してこなかった。ただ単に黒燿の剣士を野放図に暴れさせているだけだ、という思い込みがあった。
もし、『探索者や王国を陥れる』という目的を持った魔族がいて、その手段として黒燿の剣士が操られている、と想像できていたら、すぐに転移に思い至ったはずだ。
アミディエルですら、黒燿の剣士ばかりを見ていた。この緊張の中で、フラウムの口から魔族であるラークの母の話と、そして転移の魔法という言葉が出てきて初めて、それらが頭の中で結びついたのだろう。
視座の違いは、致命的な差をもたらすというのに――考えが甘すぎた。盤上の遊戯に喩えれば、こちらはたったひとつの駒を取るのに固執している一方で、向こうはきっと、盤面のすべてを見渡してことを進めていたのではないか。
エルスウェンは、ローブの胸のあたりを、強く握り締めた。もはや一刻の猶予もない。直ちに、今すぐ、ベルハルトのパーティとラークを呼び戻さねば、確実に殺される――そういう予感があった。魔族の立場でものを考えれば、ベルハルトたちを殺すための手など、いくらでも思いつける。
ベルハルトたちは、まんまと捕殺の罠に飛び込んでしまったのだ。




