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薄明の魔法使い #0 竜骸迷宮と黒燿の剣士  作者: 式見 汀花
Ⅱ 死闘、絶望

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第68話 綻び #1

 ベルハルトたちが迷宮へ突入していった後、エルスウェンは迷宮の地図を眺めつつ、悶々とした時間を過ごしていた。


 時間の過ごし方そのものは、各自の自由である。ジェイはマイルズ、ロイド、ドゥエルメと一緒に、外で組み打ちのようなことをして、汗を流している。急な救援に備えて、身体を温めておくという意図があるのだろう。


 エルスウェンを含めた残りは、詰め所の中にいた。一緒に、沈痛な面持ちで地図を見下ろしている。


 詰め所は石造りの二階建てで、大きめの民家よりも、さらに大きく作られている。常時、住み込みで五人の衛士が詰めているため、これくらいの大きさが必要であるらしい。


 エルスウェンは初めて詰め所に入ったが、無骨で実務的な中身を想像していた。


 しかし、その辺に革鎧などが脱ぎっぱなしに放り出されていたりして、わりあい所帯じみている。


 そして、床には拭っても拭い切れていない血の跡があった。


 あの黒燿の剣士が王都を襲撃したとき。地上へ出てきた剣士は、詰め所の衛士全員をも惨殺していた。八つ裂きにされ、手の施しようもなかったという。


 詰め所の一階、食堂に使っているらしい大きな部屋の、大きなテーブルに、迷宮内の地図を広げて、エルスウェンたちは沈黙している。


 まだ、彼らが迷宮に入ってから一時間も経っていない。


 十分に警戒をしながら進まなければならないし、道中の魔物の存在もある。探索行は遅々として進まないだろうというのが、全員で共有している前提である。


 なにしろ第一階層だけで、王都と同じくらいの広さがあるのだ。


 エルスウェンは地図の上にある、黒く丸い小さな石を凝視していた。


 この黒い石は、アミディエルが魔力を込めたもので、彼が同じように魔力を込めたものの位置を、地図上に示すことができるという。


 同じように魔力を込めたものというのは、討伐隊の徽章きしょうのことである。


 つまり、地図を使うことで、現在ベルハルトたちがどの位置にいるのかを印が勝手に動いて示してくれる、というわけだった。


 印は、最初は直線の通路を進んだ。やがて、丁字路に辿り着き、右手へ曲がっていく。左手はすぐに行き止まる、外れの道だからだ。右手を進んでいくと、左に直角に曲がる角へとぶつかる。そこで、小一時間ほど印は止まっていたのだが、さきほど進み始めた。


 その先へと道なりに進むと、玄室の集まる、開けた空間に出る。とても大きな、王都の中央広場くらいはある空間だ。第一階層の目玉であり、普段であれば徘徊型の魔物のひしめく、油断ならない探索行の始まりを意味する場所でもある。


 もうすぐ印は、その広場へと到達しようとしていた。


 一時間程度では、まだこの辺りで当然だろう、とエルスウェンは思った。


 ラークが眼を駆使しているから奇襲は防げるだろうとはいえ、広い空間で黒燿の剣士に出会ってほしくない。全員が沈黙しているのは、いよいよ危険な場所へと差し掛かりつつあるのが、こうして見えているからだ。


 その広場を北へ抜けて進めば、第二階層への階段がある。これは一番早く第二階層へ辿り着ける階段なのだが、今回ベルハルトたちはこのルートを使わない。


 広場を西へ抜けて、広場をぐるりと回る、長い回廊へ入る。回廊といっても、石造りの通路であることは変わりないが。


 その回廊を道なりに進むと、別の広場に出る。最初の広場よりは小さい。今度はそれを東へ抜けていき、新しい通路へ――


 このように第一階層をしらみ潰しにした後で、最初の広場へ戻り、ようやく第二階層へ向かう。


 そういうルートを取る予定だった。


 確実に黒燿の剣士を見つける。そうでなくても、背後からの奇襲を防ぐために、完全にとは言えなくとも、第一階層から入念に調べておかなくてはならない。


 黒燿の剣士の正体がエルスウェンの父であると仮定した場合。父は探索者だったのだから、その証である指輪を持っているはずだった。


 つまり、黒燿の剣士の位置が分かるのでは? と、この探索行が始まる前にエルスウェンはアミディエルに質問をした。


 だが、アミディエルもそれはすでに試していたそうで、なんの反応も得られなかったそうだ。父はすでに、指輪を失っているか、破損したか――とにかく、黒燿の剣士の位置を追跡の加護で探ることは不可能だった。ちなみに父が行方不明になった時にはすでに、居場所を探ることはできなくなっていた、という。


 つまり、黒燿の剣士がどの階層の、どの場所に潜んでいるのかは分からない。


 こちらは討伐が任務なのだから、黒燿の剣士を捜し当てねばならない。


 当てもなく彷徨うことになるベルハルトたちの消耗は、どれほどになるだろう。


 肉体的な疲労は、アガサの回復魔法でケアすることはできる。極端に言えば、不眠、不休で行軍することも可能ではある。アガサの魔力量なら、魔物と戦う際の消費を加味したとしても、三日間パーティをケアし続けることは可能なはずだった。


 ただ、精神の疲労は、魔法では回復できない。どこかで結界を用いたキャンプを張り、休憩をして、回復する必要がある。


 結界内でのキャンプというのは、迷宮内において唯一の安らぎの時間だ。


 結界内では、瘴気の影響から脱し、心と体を休ませられる。飲み物や食べ物を口にして、これから先どうするかという打ち合わせもできるのだが――


 キャンプについては別の大きな懸念があった。


 一介の魔物は、聖水と魔力を合わせて作成した結界を突破できない。忌避し、近寄ることすらできないとされている。


 だが、あの黒燿の剣士は、どうだろうか。


 想像するだに恐ろしいことだが、もしあの黒燿の剣士が、探索者の使う結界を無視できるとしたら……?


 アミディエルが何重にも施した、迷宮入口の多重結界を破ることは不可能だろう。彼が結界を施してから今日まで、実際に黒燿の剣士は地上へと出てきていない。


 だが、キャンプに用いられる結界は、当然だが、それより遙かに脆い。


 魔法を得意とする魔族に操られ、魔法消去の加護を持つ黒燿の剣士が、キャンプ時の結界を破れるかもしれないというのは、決して飛躍した想像ではないのだ。あれは純粋な魔物ではなく、操られた死体なのだから。


 そうなると、ベルハルトたちには、安全な時間帯がないということになる。


 ベルハルトたちは万が一、黒燿の剣士が結界を突破できる可能性を考えて、今回迷宮内でのキャンプはしない、と言っていた。


 それをなくして、彼らはどれほどの時間、探索に耐えられるのだろうか。飲食は歩きながらできるとしても、精神的な疲労はどうしようもない。迷宮内には黒燿の剣士だけでなく、他の魔物もいる。それらは結界が施されたことで濃くなった瘴気により凶暴化しているはずで、きっと気は安まらない。


 三日不休での探索行、というのは、鍛えられた優秀なパーティであるベルハルトたちをして、紙一重だと思われる期間だった。どうしても続けられないと判断した時点で即座に撤退をする約束はしてあるが、彼らはきっと、ギリギリのところまで粘ってみせるはずだ。


 彼らはこれから数日、地獄めいた道を往かねばならない。その苦しみを思うと、エルスウェンまで、呼吸が苦しく感じられた。


 全員が一様に黙ったままなのも、その苦しみを思ってのことだろう。


 迷宮の外から、中にいるパーティにできることはない。


 こうして位置が分かっていても、想像し、祈るしかない。せめてできるのは、どんな異変も見落とさないように、この地図の上を動いていく印を見つめることだけだ。


 それすらも、息苦しい。


 極端なことを言えば、今まさに彼らは黒燿の剣士と対峙しているか、すでに何人かが戦闘不能に陥っているかもしれない。


 次の瞬間には、アガサが巻物を使用して詰め所前に転移してくるかもしれない。脱出してきたはずなのに、ひとり、ふたり人数が足りていないかもしれない。


 詰め所の中には、ひたすら張り詰めた空気が充満していた。



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