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薄明の魔法使い #0 竜骸迷宮と黒燿の剣士  作者: 式見 汀花
Ⅱ 死闘、絶望

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第65話 迷宮行 #1

 ラークは、ベルハルトの隣を歩きながら、胸一杯に迷宮の空気を吸い込んでいた。


 陰気で、独特の湿り気を持った、嫌な空気だ。地上の草原の空気ばかり吸っていたラークにとっては、ひどいとしか言いようのない質の空気……


 そして質感だけでなく、この空気には実際に瘴気というものが混じり、身体の中を徐々に蝕み、探索者たちを苦しめる。


 だが、その不快感にもどこか、懐かしさがある。そんな思いだった。


 左手には弓を携えて、幅五メートル以上はある迷宮の通路を進んでいく。


 迷宮内は頑丈そうな石作りで、古い話にある『地人族が設えたかのような』という表現は、まさしくぴたりと当てはまる表現に思えた。


「頼りにしてるぜ、ラーク」


 隣から、ベルハルトが小声で言ってくる。それに笑みを返して、ラークは先を指さした。


「ああ。任せておいてくれ。でも、この迷宮……」


「なんだ?」


「つくりがね。地図も見せてもらっているけど、迷路みたいになっているだろう? 音の反響も独特だ。最大限、警戒をしているけれど、あまりぼくに期待をしない方がいい。ベルハルト君も、きちんと警戒していてくれよ」


「ああ。もちろんだ。そもそも、あんたは初めて迷宮に入るんだったな。堂々としているから、忘れそうになるが」


「ああ。母の実家なんだけどね。来るのは初めてだ」


 言いながら、ラークは通路の先に、魔物の姿を見つけていた。


 二匹の小鬼だった。丁字路の真ん中――分岐点のところに立って、なにやら話し込んでいるように見える。


 カレンの作りだした魔法の照明に、向こうはまだ気がついていない。棒立ちだ。それもそうだろう。距離は真っ直ぐ、百メートルはある。


 ラークは手を挙げてパーティを制すると、そっと矢筒から矢を二本、抜いた。


「おい――」


 どうした、と続けようとしたのだろうベルハルトには答えず、そのまま二本の矢を立て続けに放つ。


 弦鳴りの音に、小鬼は少し身じろぎをしたように見えたが、その動きも計算には含めてある。放たれた矢は過たず、二匹の小鬼の頭部を同時に撃ち抜いた。


 かすかに、小鬼が倒れた音がする。そのまま、ラークは通路に目を凝らした。


 増援が来る気配はない。それを確認してから、ベルハルトに言う。


「小鬼だ。二匹。油断しているようだったし、殺しておいたよ」


「なに? この先に?」


「ああ」


 頷くと、ベルハルトはにっと笑った。それから、前進を始める。


「大したもんだ。これが終わった後も、俺たちのパーティの前衛に入らないか?」


「生憎だけど、エルスを助けることになっているんだ。手が空いているときに手伝うくらいなら構わないけど、常にっていうのは無理だな」


「そうか、なら、それで構わない。考えておいてくれ」


「うん。ほら、見えてきただろう」


 鼻に血の臭いが届いてきた。やがて魔法の照明にも照らされて、突き当たりの丁字路に二匹の小鬼が倒れているのが、ベルハルトたちにも分かるだろう。


 ラークは率先して近寄ると、その死体から矢を引き抜いて回収する。血を切り、矢筒へ戻した。


「あんなに遠くから頭を一撃って。すごいわね……。弓矢って……そんなに強い武器だったの?」


「ぼくが扱えばね。こう見えて、百年以上これを扱っているんだから」


 ラークはカレンの言葉に答えて、ふと疑問に思った。


「でも、君たちのパーティにもいたんだろう? 地人の弓使いが」


「あの人は、弓使いって感じじゃなくてね。あなたみたいな精密さはなかったし」


「そうか」


 苦笑しているカレンの言葉に相槌を打ってから、ベルハルトに質問する。


「第一階層の小鬼程度なら、ぼくの矢でも、こうして一射で殺せるようだね。で、もっと上がっていくと、敵は手強くなるんだっけ?」


「ああ。迷宮の瘴気は深くへ行けば行くほど、濃くなるからな。濃い瘴気を吸った量と時間に比例して、魔物はより強く育つそうだ」


「それはおっかないな。頭蓋骨も分厚く育つんだろうかね?」


 とんとん、と指で小鬼の死体の、頭部を叩いてみる。


 それを眉をひそめて見ているベルハルトが、丁字路の右手側を指した。


「ルートではこっちだ。そして、ここから危険になるぞ。ファルク、背後に気をつけろ。左のルートに黒燿の剣士がいて、さらに俺たちを察知していたら……後ろから攻撃されることになるんだからな」


 丁字路の左は行き止まりに通じている。そちらに黒燿の剣士がいる確率は極めて低い、というのは分かっているが、いかなる可能性も除外してはならない。ロイドたちが第三階層で黒燿の剣士と遭遇した時は、袋小路のルートに進んでいた。


 言われた、しんがりを担当するファルクが頷いた。


「はい。常に、注意しています」


「よし。じゃあ……行くぞ。右ルートを直進して、道なりに進む。そして曲がり角に到達したら、一度止まって、背後を警戒。そこまでは、手筈通りに行こう。ルート上の魔物は、今みたいに対処できそうなら、ラーク、任せる」


「了解」


 全員が頷く。ラークも頷いて、ベルハルトと共に先頭を進む。


 最後尾がファルクというのは、考えた上で、というよりはほとんど消去法の決定だった。


 ベルハルトはリーダーで、ラークはパーティの眼を担当せねばならない。必然的に、前衛を担当することになった。


 カレンとアガサは後衛。このふたりが背後を突かれて殺されたら、その時点で全滅が確定してしまう。それを防ぐための盾として、ファルクがしんがりを受け持つ。


 ラークは黒燿の剣士について、エルスウェン、ジェイ、ラティア、フラウムから、できる限りの情報をもらっている。


 その情報を思い返す限り、もし背後を突かれた際はなす術なくファルクは殺されるだろう。その場合の打ち合わせは、ベルハルトが即座に黒燿の剣士に斬り掛かり、時間を稼ぐ。カレンが黒燿の剣士に魔法を試す。ラークは弓の技術を駆使して、ベルハルトをサポートする。アガサは帰還の巻物を使用して、パーティを撤退させる。ラークはその後か前に、自力で脱出する。という流れだ。


 他にも、複数の接敵パターンは検討されていて、それぞれに対処法を作ってある。



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