第61話 悲壮なる決意 #4
「ともかく、なにか使える情報を持って帰れるかもしれない。だろ? 全員、手詰まりなんだから、大人しく俺たちに甘えておけってことだ。ラティア、ロイド。お前たちのパーティが討伐の本命なのは、ここにいる全員が分かってる。俺たちがわざわざ当て馬になってやろうってんだから、こんなありがたい話はないだろうが?」
「ベルハルト君の言う通りだな。打開するには誰かが命を賭ける必要がある。これが王国、ひいては探索者たちの危機だっていうなら、それはちっとも馬鹿げた話じゃない。ところで、もうひとり探索の人数が増えても、問題はないかな? ぼくもついていきたいんだけど」
唐突にそんなことを言ったのは、ラークだ。驚いて彼を見ると、にやりと笑う。
「ぼくもその黒燿の剣士を知らない。弓矢が通じる相手ではなさそうだけど、ぼくにしか分からないなにかがあるかもしれないだろう? 行かせてくれないか、エルス」
エルスウェンは、迷った。ラークに死んでほしくない。
だが、半魔族である彼にしか分からないことがあるかもしれない、というのは、まさに正鵠を射ている気がした。
「……分かった。でも、死なないでくれ、ラーク。君の力は、絶対に必要なんだ」
「ああ、もちろんだ。ぼくだって死にたくはない。半魔族に、聖堂の蘇生の儀式とやらが効果を発揮するのかは、大いに疑問だしね」
ベルハルトのほうは驚いていたが、歓迎の構えだ。
「いいのか? いてくれれば心強いが……転移の魔法や、帰還の魔法は基本的に四人まで、って制限がある。ついてくる場合は――」
「ああ、お構いなく。ぼく自身で、帰還の巻物を持っていこう。ベルハルト君は、ファルク君に、アガサ、カレンさんたち、本来のパーティだけを気遣えばいい。一緒に行動はするし、協力もする。けど、ぼくのことを気にかける必要はない。その代わりぼくも、ヤバいと思えば勝手に逃げるけどね。どうだい?」
「なるほど。分かった。呑もう。でも、弓矢が迷宮で役に立つのか? 俺たちも弓が使える前衛と一緒だったが、アレは特殊な奴でね」
「問題ない。ぼくも特殊だから。それに、役に立てるのは弓矢だけじゃないよ」
ラークは、その真っ赤な瞳を示して言った。
「この目は特別でね。ぼくは暗闇であろうと、ものを見ることができるんだ。だから、エルスウェンの探知の魔法が効かないようなヤツが相手なら、なおさらぼくを連れていったほうがいいと思うけど」
「そいつは……すごいな。それならかなり、生存確率はマシになりそうだ」
ベルハルトは今度こそ感心して頷いていた。ラークも頷き返す。
「……で、いつ出るつもりなんだ?」
それを訊ねたのは、マイルズだった。
「明日の正午の予定だ。装備、道具の調達は終わってる。あとやるべきことを強いて言うなら――今晩はぐっすり寝て、あの乗り合い馬車でのケツの痛みに耐える準備をするくらいだな」
「探索ルート、プランは?」
「第一、第二、第三までは地図があるからな。背後を取られないようにルートを選びつつ、黒燿の剣士を捜す。ラークが来てくれるが、元々転移なしのしらみつぶしで行くつもりだったから、問題はない。第四までに見つからなければ、一旦帰還する。封印された迷宮内の魔物は危険だって聞いてるからな。第四階層まで行ったら、半端な地図で強い魔物とその剣士の両睨みになる。それはいくらなんでもマズい。期間は……一階層に丸一日かけるイメージでやるつもりだ。三日以上は身体も、アタマも保たないだろうしな。三階層まで行けず、剣士に会わずで三日経った場合も撤退する。ひとまずは、そんな感じだ」
「まぁ、妥当か。お前にしちゃ、よくできてる案だ」
マイルズは、ベルハルトの案を聞いて納得したようだ。エルスウェンにも聞こえていたが、豪快なベルハルトらしくない、慎重な良い案だと思った。おそらく、アガサあたりが立案に噛んでいるのだろう。
封印された迷宮内で、どれほど魔物が凶暴化しているかはエルスウェンには分からないが、それも大きな問題だ。
あとははたして、黒燿の剣士は迷宮内のどのあたりを彷徨っているのか。
おそらく、浅い階層まで出てくるとは見ている。どういう理由かは知らないが、黒燿の剣士は地上を目指していると考えられるからだ。
ベルハルトたちの気配を察知すれば、きっと殺しに来る。予想でしかないが、第三階層までに出会わないということは、まず考えられないだろう。
だが、なにも保障されていない。ベルハルトたちが迷宮内のどこで黒燿の剣士と接敵するのかも、今後の作戦に必要な情報だ。
そこまで考えて、エルスウェンは陰鬱な気分になった。
今後の作戦――つまり、このベルハルトたちの探索で討伐が終わることはなく、その次を前提として考えている。
なんとか無事に帰ってほしいが、それはいくら祈ったところでどうにもならない。
現実的に、ベルハルトたちを無事に帰す方法を考えなければならないだろう。
エルスウェンが考えていると、ロイドが言った。
「あのさ。ベルハルト。俺たちは、迷宮の入口で待っていようと思うんだけど」
「なんだ、クッキーでも焼いて待っててくれるのか?」
「はは、そうしてほしかったら、そうするけど。ほら、帰還の巻物で脱出して、それで終わりじゃないだろう? みんな大怪我をしてるかもしれないし」
「それは……確かにそうだな。じゃあ、出迎えを頼もうか」
「あとは……せっかく、位置が分かる徽章をつけているんだから、なにかあったときに、一秒でも早く回収に行きたい。その瞬間が来たら、俺たちはパーティを組んで、迷宮に入るよ。救援にね」
ロイドの言葉に、ベルハルトは複雑そうな顔でしばし黙ってから、頷いた。
「いい案だと思う。だが、ミイラ取りがミイラになるかもしれないぜ?」
「それくらいは、承知のリスクだよ。ベルハルトだって、待つ側だったら黙って待っているなんて、無理だろう? 俺たちも、そうしたいからそうするんだ」
ロイドに言われて、ベルハルトは断ることはできないと悟ったようだった。
自分たちの好きにさせてもらう、というのは、さっきのファルクやベルハルトの言葉だ。それをそのまま返されては、反論もなにもない。
ベルハルトは笑いながら手を振った。
「分かった。好きにしてくれ。……ったく、お人好しだよな、ロイドは。そういうところが、最高だよ」
それから、彼は立ち上がった。話は終わりだということらしい。
彼はカウンターの向こうに立っているこの『サブリナの台所』のマスター、ジョージに大声で言った。
「マスター! 聞いてただろう! 俺たちは明日、命懸けの討伐に出る! 旨い酒と、旨いメシをありったけ持ってきてくれ!」
それから、酒場中を見回す。
「王宮は蘇生の代金も面倒見てくれるって大盤振る舞いだ。金は残しとく必要もねえ。今日は俺のおごりだ! みんな、好きにやってくれ!」
ベルハルトのお大尽ぶりに酒場の探索者全員が、拳を突き上げて歓声をあげ――たりはしないが。
それでも、にわかに活気がつき始める。
マイルズは苦笑しつつも、早速麦酒を注文している。
まだ昼間だが、こういうのもいいかと思う。ベルハルトたちは早く休まねばならないし、酒を明日に残すわけにもいかない。
彼の顔見知りだろう、探索者たちから次々激励の言葉を受けるベルハルトを、エルスウェンは遠巻きに見守った。
――どうか、彼らが生きて帰れますように。
結局は、祈ることしかできないのだ、待つものたちは。




