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薄明の魔法使い #0 竜骸迷宮と黒燿の剣士  作者: 式見 汀花
いっぽう、そのころ

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第57話 王女と、王女でないもの

 王宮の三階、廊下。


 豪奢な絨毯が敷かれていて、脇には複数の侍女たちが控え、頭を下げてくる――


 それに目で応じつつ、シャーロットは王女の部屋の扉を開けた。


 中に入り、寝室へと進む。


 天蓋付きのベッドには、ひとりの少女が横になっていた。こちらに気がつくと、顔を明るくして、身体を起こそうとする。


「シャーロット……。おはよう、調子はどう?」


「それは、こっちのセリフ。ほら、いいから、横になっていて」


 シャーロットは、起きようとする王女シャルロッテをベッドに寝かせる。


 白磁のように美しい肌は、今は血色悪くくすんで見える。頬も以前よりこけて、身体全体もやつれてしまっているようだ。


 シャルロッテは、何度か咳き込むと、申し訳なさそうに微笑んだ。


「ごめんなさい、シャーロット……。私が、こんなふうだから……あなたに迷惑ばかりかけてしまって……」


「なに言ってるの。こういうときのために、私がいるんだから」


「うん。ありがとう」


 ベッドの脇に腰掛けて、シャルロッテの額に手をやる。熱はない――どころか、冷たいほどだ。体温が低すぎる。


 姉の頭をそのまま撫でながら、シャーロットは静かに、物思いにふけった。


 * * * * *


 王女シャルロッテは生来、身体が弱かった。幼少期からほとんどを室内で過ごし、たまに足を伸ばせても、それは王宮の庭園までがせいぜいだった。


 公務に就かねばならない十五歳を迎えてもその体質は一向に改善せず、十八歳になった今も、一週間に数日しかベッドを出られない。


 侍医も、聖堂の司祭たちも、シャルロッテの身体にある異常がどういうものなのかを判別できなかった。彼らは、これは先天的なもので、生まれつき弱い身体である、としか言えなかった。


 その診断は、シャーロットにとって受け入れられるものではなかった。


 シャーロットは、このシャルロッテの体調不良が、なんらかの災いや、呪いの類ではないのか、という疑念を持ち続けていた。根拠があったわけではないが……ある種の直感としか言い様のないものが、そうだと告げていた。


 シャーロットは、シャルロッテの双子の妹として育てられた。


 女王陛下との、実際の血縁はない。王宮勤めをしていた侍女の娘である。


 きっかけは、身体の弱いシャルロッテの話し相手、遊び相手として抜擢されたときのことだった。女王陛下が間違えるほど、ふたりがうりふたつだと分かったのだ。


 その日から、シャーロットは王宮で育てられることとなった。シャルロッテと同じものを食べ、同じ教育を受け、同じ部屋で寝起きした。


 いつの日だっただろうか。年配の侍女が話しているのを聞いたことがあった。


 ――あの子は体のいい影武者よ。王女さまになにかあったときのための替え玉ね。


 シャーロットは、特に腹は立てなかった。その通りだろうと思っていたが、その通りではないとも思っていた。


 ベッドに横たわり、力無く微笑むシャルロッテ――


 その顔を見るたびに、自分にうりふたつだとは思う。が、正当なメリディス王家の血を引くのは、このシャルロッテなのだ。決して、自分ではない――


 シャルロッテに成り代わる、などとはシャーロットには想像すらできなかった。ただ、自分の健康な身体と、シャルロッテの弱い身体を交換できたら、とはいつも思っていた。それこそ、王宮で彼女と共に育てられることが決まってから、ずっと。


 シャルロッテとシャーロットは、王宮に仕える賢者であるアミディエルから、幼少時より魔法の手ほどきを受けて育っていた。身体の弱いシャルロッテだが、魔法の授業であれば、ベッドの上でも受けることができたからだ。


 シャーロットは、最初はそんなシャルロッテの付き合いで、一緒に授業を受けていたのだった。


 だがある日、アミディエルから魔法の授業を受けた後。シャルロッテには気取られないように注意して、彼に質問をしたことがある。


「ねえ、アミディエル。迷宮の財宝には……シャルロッテの身体を治してあげられるものがあるかしら?」


 アミディエルは、困ったような顔をしたのを覚えている。あるかもしれない、ないかもしれない、どちらも言えない。そんな分かりやすい顔だった。


 その時からシャーロットは、きっと迷宮には、シャルロッテの身体を正常な、健康な身体にしてあげるためのなにかが眠っているのだと信じるようになった。


 その時からシャーロットは、魔法の授業に対して自主的に、熱心に取り組み始めた。幸いと言うべきか、生来の魔力量は常人よりも遙かに多かった。


 なので、攻撃のための魔法も、回復のための魔法も使いこなせるように、一般的な探索者を上回る優れた魔法使いとなるために、訓練を始めた。アミディエルに、こっそり特訓してもらうこともあった。


 十五歳になってからも、毎日熱心に魔法の訓練に取り組んでいた。女王守護隊のドゥエルメから、武芸についても学ぶようになった。


 シャルロッテが公務に出られないときは、シャーロットがそっくりに振るまい、替え玉としての役目を全うした。


 女王陛下は、魔法や武芸に励むシャーロットを応援してくれた。


 ただ、陛下はシャーロットを決して影武者や替え玉としては扱わなかった。あくまでも、双子の王女として扱ってくれた。公務の替え玉も、シャーロットから提案したことだ。シャーロットとして人前に出ることを拒み、あくまでも「王女シャルロッテ」として公務を全うするのは、シャルロッテの身体が治った時、彼女がスムーズに表舞台に立てるように――そう考えていたからだった。


 十八歳になったころには、シャーロットとシャルロッテは、容貌が似てはいるが、体格がほとんど違っていた。


 身長は同じ。だが、血色、肉付きなど、一見すればどちらがシャーロットで、どちらがシャルロッテかすぐに分かるようになっていた。


 そして、どちらが王女なのかと問われれば、健康体のシャーロットだと皆が答えるようになっていた。いや、表立ってそう答える者はひとりもいないが、空気、雰囲気というのは、嫌でも伝わってきた。


 これは、シャーロットにとってもっとも辛いことだった。


 シャーロットの野望は、やがて王宮を出て探索者となり、シャルロッテの身体を治してやることになっていたからだ。


 そのための努力が、皮肉にもシャルロッテから本来の王女という立場を奪い、自身を王宮へ釘付けにすることになるとは、思ってもいなかった……。


 * * * * *


 シャーロットは物思いをやめると、背筋を伸ばして、部屋の窓の外を見た。


 東側の窓からは、天気が良ければ竜骸迷宮の眠る岩山が、遠くにかすか見える。


「ねえ、シャルロッテ」


 シャーロットは、シャルロッテの頭を撫でながら、言った。


「私は、きっとあなたの身体を治してみせるからね」


「……うん。ありがとう。でも――」


 シャルロッテは、いつもの力が篭もらない微笑を浮かべた。


「私は、大丈夫だよ。このまま死んじゃったとしても……。私の代わりには、シャーロットがいてくれるんだし……」


「バカ」


 首を振って、半ば本気で怒る。


「誰かの代わりなんていない。私は私で、シャルロッテはシャルロッテ。いい?」


「うん。でも……」


 シャルロッテは、不安そうに目を細める。


「今、迷宮は……大変なことになっているんでしょう? 母様からも聞いたわ。すごく恐ろしい魔物を討伐するための……探索者さんたちを集めているって」


 それは目下の、差し迫った問題だ。探索者たちにとっても、王宮にとっても。


 そして、シャーロットにとってもだ。


 そろそろ探索者としての活動を始めたいと、女王陛下に進言しようと思っていた矢先の『黒燿の剣士』事件だった。これでは、絶対に首を縦に振ってもらえない。


 シャーロットは、早く迷宮へ挑んでみたかった。


 が、今迷宮は封印され、討伐隊に任命されなければ入ることもできない。


 黒燿の剣士の討伐に志願するという手も考えたが、ドゥエルメまでもが敵わなかったというその敵を相手に、許可が下りるわけもなかった。


 ずっと歯痒い思いを抱えている。


 迷宮に挑み、シャルロッテを助けるには、黒燿の剣士を探索者たちが倒してくれなければならない。


 シャーロットは、討伐隊のパーティと女王陛下の謁見の光景を思い出した。


 謁見には、頼み込んでシャーロットも参加していた。


 ――あのパーティに、黒燿の剣士を討伐できるだろうか。


 討伐隊の中で特に目を惹いた、おそらく同年代の魔法使いの姿を思い出す。


 名を、確かエルスウェンと言った。女王陛下にも名を知られているらしい。


 シャーロットも、その名前だけは聞いたことがあった。


 訓練所で特に優秀な成績を修めた、無限の魔力を持つ天才魔法使いがいる、と。


「シャーロット、どうしたの?」


 聞かれて、意識をシャルロッテに戻す。止めていた手を再開させ、微笑んだ。


「ううん。なんでもない。早く、その恐ろしい魔物が討伐されればいいって思ってね」


「シャーロット……」


 シャルロッテは、小さく息を吐いた。


「ねえ。無茶なことはしないでね? シャーロットがいなくなったりしたら、私は……」


「バカ」


 さっきとは違う、努めて穏やかな調子でシャーロットは言った。


「いなくなったりはしない。大丈夫。だからあなたも、絶対に、私が死んだら……なんて言わないで。ね?」


「……うん。ごめんなさい」


 これでは、どちらが姉で妹か分からない。シャーロットは内心で苦笑した。


 ただ、これだけ愛おしいシャルロッテに対しても、約束はできなかった。


 いつ黒燿の剣士の危機が去るかは分からないが、その折には、探索者として迷宮へ挑むつもりだからだ。


 むざむざ、命を捨てるつもりはない。


 だが、シャルロッテのために自分の命を賭けることに、ためらいはなかった。



ここまでで、セクションⅠ終了となります。ここまで読んでくださった方、本当にありがとうございます!


次話より、セクションⅡが始まります。ベルハルトたちのパーティを軸に、黒燿の剣士との死闘が始まります。話はますます盛り上がっていきますので、どうか引き続きお楽しみください!(切実)


ぜひ、評価やブクマなどで、応援よろしくお願い致します! 泣いて喜びます!


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