第56話 ファルクとベルハルト #2
彼――ベルハルトは薄く笑うと、言った。
「悔しいんだろう?」
「え?」
「君は怪我をしていたとはいえ、ロイドはあのニンジャをパーティに加えて、迷宮に行ったってことだ。今回の討伐令にしろ、君だけは戦力的に蚊帳の外だ」
その言葉は、深く、ぐさりと音を立てて胸に突き刺さった気がした。そんなことはない――とは言い返せなかった。
ファルクは、ロイド、ラティアの探索パーティの中で、エルスウェン、フラウムの次に若い。そして、経験がない。
ラティアとは確か、数歳しか変わらないはずだが、彼女はすごく優秀なリーダーで、女王守護隊の近衛兵として活躍した経歴があると聞いている。回復魔法も使える前衛で、自分とは比べ物にならないほどに優れた人だ。
フラウムは、若くして天才的な魔法使いとして有名で(性格でもだが)、攻撃魔法を扱わせたら探索者一だという評判だ。ああ見えて、きっと頭も良い。
エルスウェンは――十八歳で、わずか二、三ヶ月前に探索者としてのキャリアをスタートしたばかりの魔法使いだ。
だが、ずっとラティアが勧誘すべく目をつけていたらしく、謁見では女王陛下すらその名前を知っていたほどの、天才魔法使いだ。他パーティであろうと助けるという信条の持ち主で、実際に迷宮内で彼に命を救われた探索者はとても多く、みんなが彼を信頼し、可愛がっている。
今は、彼――エルスウェンに嫉妬しているわけではない。
実際に自分も命を助けてもらったという、借りもある。
借りを、未熟な自分では彼に返すことができない。それがもどかしかった。
自分が弱く、未熟であることは、受け入れている。だからこそもっと向上したいし、ロイドに信頼される前衛になりたいと思っている。
そして今まさに、探索者としての力が問われる、そういう事件が起きている。
それについて行けない、自分の弱さがひたすらに憎く、もどかしかった。
なんとか、パーティの役に立ちたいのに、自分ではなんの役にも立てないことが分かりきっている。それが、辛い。
だから、件の剣士との遭遇からロイドたちを助けて、それからは全員の信頼を一手に引き受けているエルスウェンが、殊更に眩しく見えた。
いわばエルスウェンは、今ファルクが『こうありたい』という探索者の姿そのものだった。経験は浅くとも、皆に頼られる。
頼られるだけでなく、その能力でもって事態を解決するだけの力もある。
彼と比較すると、どうしても自分の惨めさが際立つようで、辛かった。
――それどころか、自分は……。
暗い気持ちが、腹の奥から吐き気のように迫り上がってくる。
「俺は……」
口からこぼれたのは、素朴な疑問だった。
「俺は、どうすればいいんでしょう。このままじゃ、ロイドたちの役にも立たないし、邪魔なだけです。……こうやって稽古しても、まさか、本当に黒燿の剣士とまともにやれるわけなんて、ないですし……」
「そうか。……そうだな。じゃあ、俺と一緒に来てみないか?」
その提案に、ファルクは目を丸くした。なにも言えずにいると、ベルハルトはもう一度言ってみせた。
「ファルク君。君の命、俺に預けてみないか? って言ってるんだ」
ベルハルトは、にっ、と豪快に笑ってみせる。
「俺は黒燿の剣士とやらを知らない。いわば、君と同じだ。どうやら……そいつは本当に強いらしいな。マイルズがあそこまで眉間に皺を寄せる敵なんて、聞いたこともない。勝ち負けに関しちゃ、あいつはさっぱりしてるんだが。あいつを完全に負かせたことがあるヤツなんて、俺はドゥエルメのオッサンか、ラティアしか知らない。それでも、対魔物に関しちゃ、負け知らずのはずだったんだが――」
それから、彼はどんと胸を叩いた。白い歯を光らせながら、続ける。
「とにかくだ。マイルズたちは止めるだろうが……一度やり合ってみないと話にならないだろう? 俺たちはいわば、初心者仲間ってことだ。もちろん、無理押しはしない。やり合ってみて、すぐ逃げる。とりあえず、どんなヤツか見に行こうぜ。そうすれば……ファルク、君ももう少しは、マシなツラをしてロイドたちと向き合えるようになるんじゃないか? どうだ」
「それは……」
魅力的な提案に聞こえた。
物見遊山気分で戦うなと、マイルズやロイドたちは怒るだろう。
だが……このまま彼らと一緒に戦うことも、また無理だ。
きっとベルハルトも同じなのだろう。マイルズと同じ場所へ上がるために、黒燿の剣士を一目見ておきたい、と思っている。
黒燿の剣士を知らない、初心者同士で組む――というのは、負け犬の集いのようだが、身の丈に合った提案なのかもしれない。
ただ、ロイドたちに黙って、というのも気が引けた。
言えば反対されるのは目に見えているが、言わずに行けば、あとでもっと怒られ、愛想を尽かされるかもしれない。
「あの……もう少し、考えさせてくれませんか。行くとしても、ロイドたちに言っておきたいので。明後日にみんなと合流しての、話し合いがあるんです」
「そうか。分かった。それなら俺も、その間に迷宮入りの準備をしておこう。君の持っていくべき道具や食料は、俺に世話させてくれ。あとは、その話し合いには俺も同席した方がいいな」
「えっ、いや、そこまでは……。お金も掛かりますし」
ファルクの返事に、ベルハルトは笑った。
「後輩がそんなことを気にするなって。討伐の支度金は、ちゃんと俺たちももらってるのさ。君の分の帰還の巻物なんかも、俺が用意しておく。だから安心して、ロイドたちと話してこいよ」
「わ……分かりました」
強引な話だと分かっていたが、なんとなく、ファルクは頷いてしまっていた。
ベルハルトには、変な魅力がある。とは、マイルズから聞かされていたが。これがいわゆる、カリスマというものなのかもしれない。
ともかく、ファルクは立ち上がった。
ロイドには、どうやって切り出そうか――
それはある意味、黒燿の剣士を倒すよりも難題な気がした。




