第55話 ファルクとベルハルト #1
素早くベルハルトに小手を打たれて、ファルクは木剣を取り落とした。
「くっ……!」
苦痛に呻いてしまったが、すぐに木剣を拾おうとする。が、それはベルハルトが踏み付けて、拾わせてくれない。
彼を見上げると、にっこりと破顔して言ってきた。
「もう三時間もやってるぞ。さすがに息が上がってるし、ちょいと休憩にしないか」
「……分かりました」
仕方なく、応じる。始めてから三時間も経っていたというのは、気付いてもいなかった。
空を見上げると、確かに日は中天をとうに過ぎている。
視線を下ろすと、ベルハルトは木剣を拾って、差し出してきた。
「ファルク君だよな。いや、もちろん名前は知ってるよ。優れた剣士だってことも、ロイドたちから聞いてる。やってみて分かったが、確かに若いのにいい腕だ」
「ありがとうございます」
ファルクも、ベルハルトのことは知っている。優れたパーティを率いる、小柄だがマイルズに勝るとも劣らない戦士であると。
三時間も打ち合って、彼からほとんど一本も取れなかったことから、強い剣士だと言うことも、身に沁みて分かっていた。マイルズと比べてどれほどなのかはファルクに分からなかったが、噂通り、遜色ないようにも感じられた。
ベルハルトに促されて、訓練所の運動場の隅にあるベンチに向かい、腰掛ける。すると彼はたっぷりと水の入った皮袋を差し出してきた。
「飲めよ。喉渇いてるだろう」
言われて、ファルクはようやく、喉の渇きを自覚した。皮袋から水を飲み始めると、なかなか止められない。それをベルハルトは笑いながら見ていた。
結局ほとんど全部飲んでしまってから、皮袋を返す。
「朝から飲まず食わずでやってたみたいだな。さすがに若い。三十を過ぎるとな、なかなかそんな無茶はできなくなる」
「いえ、そんな。ベルハルトさんは、まだまだ一番強い前衛として、やっていってるじゃないですか。全然歯が立ちませんでした」
「まあな。まだまだ、新米には負けないさ。だがファルク君も、あのロイドのパーティで前衛を引き受けるだけはある。そう思ったぜ」
そう言われて、反射的にファルクはベルハルトから目を逸らした。
「いえ……俺なんて、まだまだです」
「おいおい、暗いな」
ははっ、とベルハルトは笑った。が、すぐに真面目なトーンで言い直してくる。
「ファルク君は、件の黒燿の剣士とは、戦っていないんだろう?」
「……はい。俺、前回の探索の傷が、癒えてなくて。それで……」
胸の奥に、暗いものが蟠る。
ベルハルトはこちらの様子を察してか、言葉を挟んできた。
「前回……ああ、話は聞いてる。マイルズのパーティに、危ないところを救われたんだろう? 第五階層だったっけかな。迷宮虎と、豚鬼のパーティに襲われて」
「……はい。そこを、マイルズさんたちのパーティが駆けつけてきて、それで……助けてもらいました」
ザング、キャリスが豚鬼と戦っている間、ロイドとファルクは迷宮虎を相手することになった。が、五階層の迷宮虎は浅い階層のものより、数段手強かった。
ファルクはその素早さに翻弄されてしまい、腿を噛まれてしまった。
あの痛みは、未だに忘れられない。鋭い牙が血の脈を傷つけていたらしく、噴水のように出血したことも。
あまりの激痛と出血の多さに、ファルクは初めて死を意識した。
そこにマイルズと――エルスウェンが駆けつけてきてくれたのだ。
マイルズは迷宮虎を一刀両断にし、エルスウェンは腿の傷を治療の魔術で塞いでくれた。
ザングとキャリスも、豚鬼の数に圧されて危ういところだったが、間一髪でフラウムの魔法で救われた。ザングも胸の骨を折る大怪我をしたが、それはキャリスとエルスウェンがふたりがかりで癒やしていた。
回想が一通り頭を過ぎり、ふと顔を上げると、ベルハルトがこちらを見ていた。




