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薄明の魔法使い #0 竜骸迷宮と黒燿の剣士  作者: 式見 汀花
いっぽう、そのころ

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第53話 マイルズとファルクとベルハルト #2

 マイルズはベルハルトの脇をすり抜けて、更衣室へと向かう。


「マイルズさん! 終わりですか」


 ファルクが背後から声を掛けてくる。それには振り向かず、手を振る。


「そいつのせいで萎えちまった。まだやりたいなら、そいつに相手してもらえ。どうせ暇なんだろ、ベルハルト。相手してやれ」


「ああ、別に構わないが。本当に組む気はないのか? マイルズ。上手く行ってないんだろう? パーティの新入りと」


 そのセリフに、マイルズはハッ、と笑った。


「何度も言わせるな。そうだな、お前がアレにぶっ殺されてもまだ戦う気があったら、その時に考えてやるよ」


 そこまで言って、一旦立ち止まる。半身をベルハルトに向けて、続けた。


「蘇生が失敗したときは、心配するな。俺が撒いてやる。仇も討ってやる」


 さすがに、それにはベルハルトといえど微妙な顔をしたが。


 それを無視して、今度こそマイルズはその場を後にした。


 木剣を片付け、更衣室のドアを開ける。裸になると、水桶で布切れを濡らして全身の汗を拭った。ファルクがまだまだ未熟なため、あまり汗はかいていなかったが。


 身体を拭きながら、パーティの連中の顔が頭に浮かぶ。


 エルスウェンたちは、あの黒燿の剣士を倒す方法を見つけ出しただろうか?


 さすがに、一日二日でどうにかなるようなものではないことは、魔法については門外漢のマイルズでも想像がつく。心配なのは、エルスウェンが自分を犠牲にして解決するような方法を持ち出しやしないか、ということだ。


 まだ年若い、天才と持て囃される魔法使いの姿を思い浮かべる。


 優秀で頭も切れる。しかし、普段は冷静だが誰かの命の危機を見れば、己の命をなげうってでもそれを救おうとする、度し難いガキだ。


 良く言えば芯がある。悪く言えば意固地、頑固。そして善人気取り。


 こういう手合いは、遺されたもののことを考えずに自己犠牲に走るフシがある。


 彼を見ていると、腹が立つ。


 彼にではなく――友を助けられなかったことを思い出して、自分に腹が立つのだ。


 マイルズは服を着て、更衣室を出た。運動場を見ると、探索者のタマゴたちが一生懸命に、稽古に取り組んでいる。走り込んでいるもの、模擬武器を手に打ち合うもの……など。


 ファルクを捜すと、ベルハルトに掛かっているのが見えた。朝から、この午後までみっちり稽古をしていたが、彼はまだ物足りなかったようだ。


 しばらく、それを眺める。


 ファルクの太刀筋は優秀だ。体力、筋力、技術、そのどれもマイルズにもベルハルトにも及んでいないが、若さゆえの気迫でそれを補っている。


 自分よりも、ベルハルトと相性がいいだろう――とマイルズは感じていた。


 ただ、似たような性格で連れ立っても、あまりいいとは言えない。パーティとは、それ一塊で一個の命のようなものだが、四人で構成されるのだから、四つ分の考え方があったほうがよい。


 マイルズは、エルスウェン、ラティア、フラウムの顔をまた思い浮かべた。


 捨てきれない他者への甘さがあるが、頭は切れ、洞察力があり、総合的に正しく判断することができるエルスウェン、常に意見のバランスを取り、リーダーとしてその決断を誰かに委ねず、毅然と振る舞えるラティア、エルスウェンには甘いが、四方八方に噛みついて様々な意見を引き出すフラウム――


 そして、態度が悪いクセに真面目くさっていて、理屈屋で現実主義者のマイルズ。


 この今のパーティが、一番バランスが取れていて居心地がいいのは確かだった。


 あとは、あのジェイという忍者も凄まじい強さで、なかなかいい。咄嗟の共闘だったが、あそこまで息を合わせて戦えたのは、いつ以来だろうか。


 あの剣士以外が相手であれば、あっさり倒せていたはずだった。


 と、マイルズは苦笑いをした。思い出してしまった――ザングの葬儀の後、酒場でジェイに対して『このまま黙って引き下がるつもりか?』と言ったことをだ。


 今回の件では、かなり感情的になってしまっている。ベルハルトのことをとやかく言う筋合いがないほどには。


 苦い思いのついでに、あの黒燿の剣士との戦いを思い出す。


 最初の斬撃を造作もなく打ち払われた瞬間のことは、肌が粟立つ感覚と共に脳に焼きついている。


 生涯で数度しかない、完全な敗北――明確な死を意識した瞬間。


 あれは渾身の一撃だった。怒ってはいたが、逆上まではしていなかった。


 ――戦うとき、怒りは剣を抜く理由までに留めておけ。斬り結ぶときこそ、明鏡止水、冷静に心を保て。


 というのは、かつて師事したドゥエルメの教えだったが。


 その教えは、忠実に守っていると思っている。だからこそ、あの黒燿の剣士の技もはっきり記憶できている。


 ファルクとベルハルトの稽古を見ても、彼らが逆立ちしても黒燿の剣士に勝てるとは思えなかった。


 マイルズは地面に唾を吐くと、運動場に背を向けた。歩き始める。


 目指すのは、キャリスのいる王宮だった。


 このままロイドを捜してもよかったが、情報収集に明け暮れている小人を王都の中で見つけるのは骨が折れそうだ。どうせ情報を掴んだときに報告しに行くのはキャリスのところなのだろうから、そこで待てばいい。


 王宮なら、ついでにドゥエルメとも話ができる。


 黒燿の剣士と対峙したときの感触を訊いても、あのオッサンは沈鬱に首を振るばかりだった。


 しかし、弟子であるからこそ分かる機微というものがある。あれは……ドゥエルメは、なにか重大な事実に気がついているのだ。


 彼は、詳しい事情はまず、エルスウェンが話してからだと言った。それがなにを意味するのかは分からないが、あまりいい話ではないのだろう。


 エルスウェン本人も、謁見後の酒場での話し合いの時に、なにか胸の内に蟠りを抱えている、そんな顔だった。本人は上手く隠しているつもりだっただろうが。


 面倒くせえな――とひとりごちて、マイルズは嘆息した。


 ともかく、人の腹の内を探る趣味はない。それがなにかは分からないが、エルスウェンが話せるまで、待つつもりではあった。


 マイルズは、王宮の門番に徽章を見せて、中へと入れてもらった。そして、真っ直ぐに古文書の書庫とやらへ足を伸ばす。


 重厚な扉を押し開けて中を窺うと、部屋の右隅にある一角に、キャリスとロイド、そして森人の賢者であるアミディエルがいた。



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