第52話 マイルズとファルクとベルハルト #1
「断る」
探索者の訓練所。その広大な運動場の一角で。ファルクとの稽古を中断し、木剣を肩に担いでから、マイルズはぶっきらぼうに答えた。
話しかけてきた男――ベルハルトは、眉根を寄せてしつこく言ってくる。
「どうしてだ? その黒燿の剣士とやらにコテンパンにのされて、黙って引き下がるなんて。お前らしくないぜ、マイルズ」
どん、とベルハルトは、握り拳でマイルズの胸を打った。
「俺とお前のふたりならやれるだろ? ザングの仇を取ろうぜ、俺たちで」
「ふん――相変わらずおめでたい頭をしてやがる」
ぺっ、と唾を地面に吐き捨てて、マイルズは首を振った。
「俺とお前が組めば、だと? 算数を知らねえのか? ゼロにはなにを掛けたってゼロのまんまらしいぜ」
「言ってくれるじゃねえか」
ベルハルトは短く刈り上げた茶髪の頭を、ポリポリと掻く。
「俺とお前のどっちがゼロなんだ」
「さあな。少なくとも、あの剣士以上にはならねえ」
マイルズはちらりとベルハルトの目を見た。青い、澄んだ瞳だ。
自信というものを未だに叩き折られたことがない、とでも書いてあるような、真っ直ぐな視線がぶつかってくる。
――いや、ちょっと前に叩き折られたんだったか。バドルが死んで。
迷宮内ではどんなことも起こりうる。昨日までパーティを組んでいた友が、明日には灰になって、空に撒かれているかもしれない。そんな当たり前の教訓を、こいつはもう忘れてしまったのだろうか。
なかなか話に乗ろうとしないこちらを怖じ気づいていると見たのか、ベルハルトは眉をひそめて言ってきた。
「おいおい……どうしちまったんだ、マイルズ? ザングをやられて黙ってるなんて、本当にらしくないぜ?」
黙れ――そう言いかけて、マイルズはギリギリで飲み込んだ。
あの時、迷宮内で起きたことをなにも知らないヤツにとやかく言われることほど癇に障ることもなかったが。実際、ベルハルトはなにも知らないのだから仕方がない。
罵声の代わりに嘆息して、マイルズは言った。
「コテンパンにのされちゃあいない」
それを聞いて、ベルハルトはにやりと笑った。負けん気を見せてきたとでも思ったのだろう。その顔へ、すぐに続ける。
「のされる、ってことすらできなかった。あの剣士は俺の本気の一撃をあっさりといなしやがった。ジェイって忍者とふたりがかりじゃなきゃ、俺もザングと一緒に撒かれてたさ。刃を当てるどころか、斬り結ぶこともできなかった」
「なんだと?」
「まるで歯が立たねえのさ。アレはモノが違う。控えめに言って、バケモンだよ。ドゥエルメのオッサンまでやられたって知らねえのか? お前は」
「それは――」
耳には入っていたのか、そこで初めてベルハルトは瞳を曇らせた。が、すぐに立ち直って、言い返してくる。
「聞いているが、信じられんよ。そこまで強い魔物なんているのか? 本当に」
「信じる、信じないのはテメエの勝手だが。それを実感するときは、死ぬときだぜ」
言って、ぽんとマイルズはベルハルトの肩に手を置いた。
ベルハルトは、マイルズよりも頭ひとつ分以上背が小さい。百七十センチほどだ。この背格好で、マイルズの扱うものと同じくらいの重さの大剣を獲物にしているのだから、それは大したものだと思う。
剣の技術もある。技だけを見れば、マイルズより勝るかもしれない。が、それであの黒燿の剣士がどうなるとも思えない。
マイルズは、ベルハルトが自分と正反対の男だと思っている。
背格好だけの話ではない。性格を含めてだ。
マイルズ自身、フラウムなどに言われるまでもなく、粗野であり、体格も併せてゴリラ呼ばわりされることは納得している。(ゴリラという動物は本当は温厚で繊細な動物らしいのだが……)
ただ、そう言われている分――というわけでもないのだが、パーティを最優先し、全員の生存率を高めるための方法を、できる限り考えるようにしている。誰かが死んでから悔やむのでは遅いことを、知っているからだ。
ベルハルトは傍目には品行方正で、自信に満ちた理想的なリーダーに見える。
実際に彼の持つリーダーシップは優れているだろう。が、臆病さが足りていなさすぎると、マイルズは考えていた。
マイルズのパーティのリーダーであるラティアは、分別があり、怖れるべきところでしっかりと怖れる。黒燿の剣士と遭遇したあの時も、彼女が恐怖で一歩退いて場を俯瞰していたからこそ、ザング以外の全員が生還できたと思っている。
ベルハルトには、それができないとマイルズは見ていた。
負けん気などは、探索者には一切必要ないものだ。いや、少しであればモチベーションに繋がるのだろうが。持ちすぎていいものではない。
ロイド、ラティアのパーティに先んじられ、そのふたつのパーティには王宮から直々に任務が下された。俺たちも、負けてはおれない。なんなら、俺たちで黒燿の剣士を倒してみせる――
ベルハルトの脳みそを覗けるなら、こんなようなことが書いてありそうだった。
――つまり、理想的なリーダーのようでいてなにも考えていないのだ、コイツは。
マイルズが一番組みたくないタイプの探索者である。こんなヤツの下にいては、命がいくつあっても足りそうにない。
だが、嫌いではない。共に訓練所に通い、探索者となった同期の桜だ。悪友といったところだろうか。




