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薄明の魔法使い #0 竜骸迷宮と黒燿の剣士  作者: 式見 汀花
いっぽう、そのころ

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第51話 キャリスとアミディエル #5

「ねえ、マイルズになにか言ったほうがいいかな? ラティアたちに報せる?」


 ロイドが不安そうに言ったのを聞いて、キャリスは目を開けた。


「いえ、そこまではしなくていいでしょう。それに私は……マイルズがベルハルトの誘いを受けるとは思っていません」


「……だよね!」


「むしろ心配なのは――」


 思い浮かんだ顔は、ファルクの顔だった。


 ファルクの代わりにジェイを連れてキャリスたちが迷宮に挑んだこと、そこでザングが亡くなったことを、彼はあまり良く思っていない。


 自分さえいれば――ということではないだろうが、現場に立ち合えなかったこと、黒燿の剣士と戦えなかったことなどに対する気持ちのやり場が見つからずに、どうしていいかが分からなくなっているように見えた。


 彼は今年で二十一歳という、若輩だ。そして、探索者としてのキャリアはまだ一年ほどでしかない。


 剣の腕は優秀だが、迷宮内での強さはそれだけでは決まらない。ただ、ファルクはそのあたりがまだ分かっていないフシがあった。


 その足りていない部分を、これからザングが教えていくことで、彼も真に優秀な探索者の前衛へと成長できたはずだったのだが……。


 彼がベルハルトの勧誘を受けることがあれば――その気持ちのぶつけどころを求めてか、功名心に溺れてか――とにかく話を受けてしまいそうな気がする。


 加えて肝心なこととして、彼はあの黒燿の剣士の恐ろしさを知らないのだ。


「ファルクは、どうしていますか?」


「ファルク? 今日もマイルズと一緒に、訓練所で稽古してるよ」


「そうですか……」


 となれば、ベルハルトがマイルズを勧誘するとして、その場にファルクが居合わせる確率は、非常に高いだろう。


 懸念が現実のものにならなければいいが、今のファルクにはキャリスたちがどう取り繕っても、いい効果はなさそうである。様子を見るほかない。


 マイルズがいい影響をもたらしてくれれば、と思うが、彼はあえて突き放そうとするタイプだ。ファルクのような手合いには逆効果になりかねないのも心配である。


 と、キャリスは考えていて、大きな疑問にぶつかった。


 ベルハルトとマイルズが組んでも、おそらく黒燿の剣士には勝てない。


 ジェイとマイルズが組んでも無理だったからだ。


 黒燿の剣士は、おそらく迷宮の探索者の死体が操られたものだろう。


 では――それほどに強い探索者の死体とは……一体どんな探索者なのか。


 キャリスが司祭の職を辞し、探索者としての道を歩み始めたのは十年ほど前からだ。その十年の間に、それほどの探索者はいなかったはずだ。それより以前は厳しい修行に明け暮れていたので、探索者界隈のことにはあまり明るくない。


「アミディエル様」


 聞かずにはいられなかった。キャリスは、疑問をそのままぶつける。


「黒燿の剣士は、怪物です。あれが操られている死体だというのなら、一体、誰なんです? 誰の死体なんですか? あれほど強い探索者が、過去にいたのですか?」


「し、死体を操る?」


 初耳であるロイドが聞き返してくるが、そちらには手を挙げて黙っていてもらう。


 アミディエルは、複雑な顔をした。知っている、という顔だ。


 それはそうだろう。彼は賢者集会の長として、探索者の全てを把握している。そして、そこまで強い探索者がいたのなら、知らないはずがない。黒燿の剣士の正体についても、すでに当たりをつけているに違いないのだ。


「それは……」


 アミディエルは、言い淀んだ。が、諦めたように小さく笑った。


「話せない、というわけではないんです。ないんですが……そうですね。エルスウェン君に、ここで話した内容と合わせて、心当たりを訊いてみてください」


「エルスウェン? ドゥエルメ様もおっしゃっていましたが。エルスに、関係のあることなんですか?」


「私の方から申し上げるのは、なんとも。彼個人に関係することですからね。私から言えるのは、それほどの剣士が二十年近く前……正確には、十九年ほどですか。いました。それ以上のことは、彼から聞くといいでしょう。私が勝手に話していいこととは、思えませんのでね……」


 あくまで丁寧に応じてくるアミディエル。それは決して建前を通しているのではなく、彼は心からエルスウェンに気を遣っているように見えた。


「……分かりました」


 そう言われては、キャリスも応じるしかない。


 頷いたキャリスに、アミディエルは、もうひとつ付け足した。


「エルスウェン君を、責めないであげてください」


「え?」


「彼はきっと……彼自身で気づいたのかどうかは推測するほかないですが、きっと、黒燿の剣士の正体に、気がついています。ですが、彼はそれを言えないでいるのは、彼なりの理由があるんです。どうかそれを、汲んであげてください」


「はい」


「分かりました」


 ロイドも事情は分かっていないだろうが、キャリスと一緒に頷いている。


 責めるつもりなど、元々なかった。黒燿の剣士の正体、それを知っていたところでどうにかなる問題でもないからだ。ただ、エルスウェンがなにかに傷ついているのではないかと、心配になる。


 キャリスは再び、エルスウェンの姿を脳裏に思い描いた。


 森人の賢者の末裔である、魔法使いの青年――


 年相応に無邪気な笑顔を見せることもあれば、驚くほど怜悧な、鋭い表情を見せることもある、不思議な青年――


 ラティアのパーティは全員、彼に惚れ込んでいる。ロイドもエルスウェンには特別な親しみを抱いているようだ。ザングは、孫のように彼を可愛がっていた。


 キャリスも、彼を素晴らしい後輩だと思っている。できることなら、彼が最高の魔法使いとして羽ばたいていく姿を、近くで見守っていたい。


 目をかけずにいられない。自然とそう思わせる、不思議な魅力のある青年だった。


 捉えどころのない、真っ白な雲のような――


 満開に咲き誇りながら、花びらを次々に散らしていく桜のような――


 夜、しんしんと地表へ降り注ぐ月の光のような――


 どこか儚さと美しさの同居したその姿に、皆が魅了されているのだろう。


 黒燿の剣士の討伐が、どのようになるのかは分からない。


 迷宮探索も、この世界の行く先も、誰にも分からない。


 だが、元司祭としての魔力や勘が、告げている気がした。


 エルスウェンという魔法使いはきっと、この世界の現状に一石を投じる、そんな存在になる。


 キャリスには、そう思えてならなかった。



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