第49話 キャリスとアミディエル #3
「物理的な攻撃が通用していないなど、他に問題もありますが……それも含めて、やはり全ての鍵を握るのは、解呪の魔法ではないかと、私は思います。少なくとも、それを試さずしてはなにも分からないでしょう」
「ですが……。試すにしても、魔法消去の加護という問題を解決した上で、あの黒燿の剣士に通じる解呪が、どういうものかをまずは探らねばなりません。対象を使役する魔法にも、複数の種類があるのです。つまり、死体を操る魔法を解呪するにも、複数の解呪魔法を試さないといけませんから……」
「総当たりでは、できませんか?」
「理屈の上では、可能でしょうが……」
キャリスの脳裏に、ロイドたちの顔が浮かぶ。
ただでさえ難度の高い解呪の魔法を、ひとつひとつ試す。考えただけで、そのために消費する時間と魔力の量に目まいがしてくるほどだった。一度で効果が出るかもしれない。しかし、最後のひとつまでなにも起こらないかもしれない。
その時間、黒燿の剣士を足止めするのは、不可能だろう。総当たりで試しているうちに、ロイドたちが殺されてしまう。
どうすれば、解呪の魔法を黒燿の剣士に使えるか――せめてふたり使えれば、負担は半分にできるのだが。
頭に浮かんできたのは、若き魔法使い――エルスウェンの姿だった。
身長は百七十に届かない程度の大きさで、身体も華奢だ。年齢は今年で十八と言っていた。そのわりには童顔で、もっと低い年齢にさえ見える。肩に届く程度の長めの黒髪に、どこか人族離れした整った容貌を持つ。そして彼は、森人の賢者の血を引いている。その賢者から習ったという、現代の体系から外れた、忘れ去られた魔法を無尽蔵の魔力でもって操る、天才的な魔法使い――
彼が解呪の魔法を覚えれば、総当たりも可能だろうか?
エルスウェンは、攻撃魔法が得意ではない。反面、回復や、補助のための魔法を多く覚えているという。彼が解呪の魔法をすぐに使いこなせるようになる可能性は、十分にあるだろう。
魔法は、対象を害するための攻撃魔法と、対象を回復、補助する魔法という、ふたつの系統に分けて考えられている。
そして、攻撃魔法が得意な魔法使いは回復、補助が苦手で、回復や補助が得意な魔法使いは、対象を攻撃するための魔法が苦手だという、無視できない傾向がある。
これは、魔法が発動に克明なイメージを必要とするからである。
攻撃魔法が得意な魔法使いは、相手を害するイメージの反対である、回復させるイメージを持ちにくくなる。逆も、また然りである。
フラウムは類い希な攻撃魔法使いだが、回復、補助の魔法は一切使えない。エルスウェンは、その実力の深淵をキャリスは知らないが、少なくとも攻撃の魔法を彼が使うところを見たことがないし、聞いたこともなかった。
四人で組むことが基本の探索パーティは、大抵、後衛ふたりが魔法使いだ。そして、魔法使いの片方が攻撃、片方が回復の魔法を担う。なので、ラティアのパーティは理想通りの、大変バランスのいいパーティなのだ。ラティアも回復魔法を操ることができる――
脱線した思考を、キャリスは頭を振って戻す。
エルスウェンとふたりでなら、解呪の魔法の総当たりは可能なのか。
なんとも言えない、というのが現実だろう。エルスウェンが解呪の魔法を覚えられるかも、実際には分からない。明後日、合流して進捗を確かめ合うことになっているので、その時に彼に打診してみるのがいいだろうか。
彼らのほうは、なんらかの手がかりを見つけられただろうか? 森人の賢者の知恵というのには好奇心を惹かれるが、キャリスは森人語を読めなかった。なので、そちらは彼らに任せるしかない。
と、書庫の扉が開かれる音がした。そちらを見やると、身長百十センチほどの小人――ロイドがきょろきょろと書庫内を見回している。
すぐに彼はこちらを見つけると、素早く駆け寄ってきた。
「いたいた。どうだい? キャリス。良い方法は見つかったかい?」
多分、この数日間だけですでに百回は訊かれている。キャリスは苦笑した。
「ええ。完全なる打開策とはいきませんが……最終的に我々が縋るべき方針らしきものは、アミディエル様のおかげで見つかりましたよ」
「なんだ、そっか……って、見つかったの!?」
同じ質問をしすぎて、反射的に定型文を返そうとしていたロイドが仰け反るように驚いてみせる。
それに、キャリスは笑ってしまった。笑いながら、教える。
「見つかったと言えるかは微妙ですが……。まぁ、方針は決まった、ということです。ロイドは、なにか有益な情報が手に入ったんですか?」
ロイドのほうの情報収集も早々に壁にぶつかっていたのを、その報告によってキャリスは把握している。
まず、女王陛下との謁見時に話題に上がった、全滅した二つのパーティ。
彼らは探索中に黒燿の剣士に不意打ちをされ、わけも分からぬまま一瞬で皆殺しにされてしまったという。彼らがドゥエルメたちによって助かったのは、それを目撃していた別のパーティがすぐ脱出し、救助を頼んだ、というのが全てだった。第二階層での出来事だったらしい。
彼らが話したことは、概ねキャリスたちの体験したことと一緒であった。音もなく現れ、卓越した武技で前衛を一瞬で殺し、後衛の魔法は通じず、剣の露とされた。
その救助の際に黒燿の剣士と刃を交えたというドゥエルメにも話を聞いたが、彼はその話題になると沈鬱な表情になり、黙ってしまった。唯一引き出せた言葉は、エルスウェンと話をして、それからであればお前たちにも話そう、ということだった。
つまり、情報収集はあまり成果がなかった。
が、彼のほうもなにか進展を見せたのか、ロイドは興奮気味に言ってきた。
「あ、うん! さっきさ、『サブリナの台所』で、ベルハルトたちに会ったんだ」
「ベルハルト――」
ロイドの出した名を、キャリスは繰り返した。そういえば、彼はマイルズから他にも討伐隊に名乗りを上げそうなパーティを調べておいてくれ、とも頼まれていた。
ベルハルトはマイルズと同期の探索者で、その彼と比較されるほどの優れた腕前を持つ、前衛でも指折りの猛者として有名な、人族の男だ。
パーティのリーダーも務めていて、その手腕は非常に優秀だと聞く。迷宮攻略では第六階層に到達している数少ないパーティのひとつであるのだが、確か、前衛のひとりを永遠に失ってからは、しばらく探索から遠ざかっていたはずだった。




