第47話 キャリスとアミディエル #1
キャリスは、王宮内の古文書保管庫の一角で、賢者集会の長であり、王国宰相でもある森人、アミディエルと小休止を挟んでいた。
黒燿の剣士を攻略するための情報を探し始めて、二日が経つ。謁見からは三日だ。
つまり、謁見の翌日からキャリスは王宮を訪ね、書庫へ篭もり、三日目に突入したということだ――こうしてこまめに確認をせねば、太陽の光を見ず、寝ずに書物を改めていると、時間感覚がおかしくなる。
キャリスは眼鏡を外し、布でレンズの汚れを拭う。かけ直したところで、アミディエルを見た。彼は、古文書のひとつに目を通している。
王宮の古文書保管庫には、メリディス王国のあらゆる書物が保管されている。
それは千年にわたる王国の歴史を編纂した書物であったり、王宮での会議の議事録であったり、一介の探索者であるキャリスが目を通すことが憚られるほどの重要資料がほとんどである。だから、王国宰相でもあるアミディエルが協同するという名目で、足を踏み入れることを許してもらえた。
そしてこの書庫には、魔法に関する書物も豊富に封印されている。迷宮に関する情報をまとめたものも、もちろん大量にあった。
だが――
魔法消去への対抗手段は、まだ見つかっていない。
そもそも、魔法消去の加護を持つ装備品自体は、さほど珍しいものではない。迷宮からたまに発掘される。高値ではあるが、この王都で買い求めることだってできる。
ただ、加護というのは不可逆なものだ。基本的に加護を外すための方法は存在しない。なので、たとえ同じ効果を持った装備品が手元にあろうと、それを分析してどうにかなる、というものではないのだ。
魔法消去の加護を破る。これは単純に見えて、どうしようもない問題であるらしい。加護に関する記述のある古書は何冊もあるが、わざわざそれを破るための方法を述べている書物は、今のところ皆無である。
それはそうだろう。こちらが加護の影響から逃れたければ、加護の付与された装備品を身体から外せばいいだけなのだから。
尋常でない強さの魔物が魔法消去の加護を持っていた場合というのは、長い歴史の中でも、意外だが想定されていないことだったらしい。この三日で分かったことは、たったそれだけだ。
キャリスは、アミディエルへ言葉を投げた。
「魔法消去を破る、というのは、不可能なんでしょうか」
アミディエルは、古文書から目を離し、顔をこちらに向けた。
その顔に、特に表情らしいものはなかった。
彼を一言で表せば、長身白皙の美丈夫、ということになるだろう。背丈は百八十ほどで、金の長髪、深緑色の瞳、色の白い肌、長く尖った耳、そして美貌という、分かりやすい森人族の特徴通りの男である。
ただ彼は、数百歳という年齢を誇る、今を生きている森人たちの中でもかなりの年長者でもあった。この王国が迷宮攻略を始める前からこの世に生を享けており、若年時より森人たちの中でも英才と誉れ高く、賢者集会に選ばれたのは、百年以上は前であるらしい。
性格は、常に穏やかで、人当たりもいい。理知的で冷静。高慢にはほど遠く、むしろ心配性の気があるほどだ。森人は個人主義で気難しげだと言われるが、アミディエルには全く当てはまらない。
そんな彼もまた、賢者集会の長として情報収集に協力してくれている。彼は謁見の後、迷宮に結界による封印を施すと、すぐにこの書庫で書物に当たり始めていた。
つまり、アミディエルは三日間、不眠不休だった。キャリスのように、魔法で体調を回復させて作業を続けているわけでもなかった。森人は疲れにくいし、この程度のことなら慣れている、と意に介してすらいない。
現女王も非常に優秀だが、このアミディエルという男なくしては、メリディス王国は成り立たない――キャリスには、そう思えていた。
最優の賢者は、こちらの問いにやや困った顔になって、言葉を紡いだ。
「加護を受けた装備品を破壊する、というのが、原始的にしてもっとも効果的な方法であるのは確かです。魔法消去は性質上、手元から取り上げられるような装飾品にかかっている加護ですからね。ただ……」
アミディエルは嘆息した。
「ドゥエルメ殿ほどの戦士を退け、衛士たちが複数で取り囲んでも、それを一蹴してしまうほどの剣士ですから……。その方法は厳しいと考えねばなりません。達人級の身のこなしを誇るトレジャーハンターのロイド殿であろうと、奪い取るのは難しいでしょうね」
「そもそも、単純な加護であるからこそ、対処は難しい……」
「そうです。魔法を選ばずに消去してしまうからこそ扱いにくく、普段であれば敬遠される加護です。今回はそれを、上手く使われてしまっていますね。ですが……」
アミディエルは目を細めた。こめかみの辺りを、とんとんと指で叩く。
「そこに、なにかしらの解法があると私は見ています」
「そこ……というのは? つまり、なぜ魔法消去を黒燿の剣士は使っているか、ということでしょうか」
「そうです。キャリス殿は、それはなぜだと思われますか?」
言われて、キャリスは考え込んだ。
「魔法攻撃を受けないため……」
今までは、そう考えていた。が、アミディエルは首を振る。
「ラティア殿の報告書によると、かの黒燿の剣士はマイルズ殿の斬撃も、ジェイ殿の拳打も、歯牙にも掛けなかったとあります。なにか、無敵としか言いようのないほどの、怪物めいた耐久力を持っているわけですね。これも、なんらかの加護によるものだと推察されるのですが――」
「そもそも、攻撃の魔法を受けたとしても、ダメージを受けない……?」
キャリスが呟いた言葉に、アミディエルは頷く。
「エルスウェン君の母君の攻撃魔法でも、黒燿の剣士はダメージを受けませんでした。あのお方が短縮詠唱で加減をしていたとはいえ、ダメージが通らないのであれば。単純な魔法ではもはやダメージは与えられないと考えるのが、自然でしょう。そもそも……ほとんどの攻撃魔法は、魔力によってなんらかの物理的な現象を引き起こして、対象へぶつける技です。間接的な物理攻撃でしかないでしょう?」
「では、なぜ魔法消去を?」
魔法の攻撃も通用しないなら、魔法消去の必要はないはずだ。
アミディエルは、なにかをごまかすように息をつくと、言った。
「……攻撃魔法以外に、使われたくない魔法がある。そう結論づけられます」
「たとえば?」
キャリスの問いには、アミディエルはやや俯き、黙ってしまった。
調子に乗って質問をしすぎたかと、キャリスは反省した。なにしろ、齢数百歳の森人だ。賢人でもある。こちらで考えることをせずに、答えばかりを要求するというのは、たとえ相手が彼であっても心地よいことではなかったかもしれない。




