第46話 新たな仲間 #10
食い入るように見つめていた、刹那――
弦鳴りの音が、一瞬で三度、折り重なるように響いた。
はっとエルスウェンが気づくと、番えられていた矢も、馬手に握っていた矢もなくなっている。すぐにジェイの方を見やる。
彼は、右手、左手にそれぞれ矢を握り締めて立っていた。そして、離れているために分かりづらいが、右の首筋に一筋、血が流れている。
男は、弓を手にしたまま、目を見開いていた。驚いている顔だ。
「すごいな……! ニンジャってのは。まさか、三射で届かないなんてね」
「今、なにが?」
エルスウェンが訊ねると、横からラティアが教えてくれた。
「彼は凄まじい速度で、矢を三連射したんだ。ジェイは、その一射目をギリギリで避け、二、三射目の矢は掴み取って止めた。首の血は、矢が掠めたかすり傷だな」
「そういうこと。やれやれだな。大したものだよ――こんなことなら、もう一本を回収しておくんだった」
口惜しそうに言って、彼は地面に放置されていた兎を見やる。そこには、一本の矢が刺さったままだ。
こちらへ戻ってきたジェイは、男に矢を差し出しつつ、言った。
「もう一本矢があれば、どうしようもなかったな。殺られてたぜ」
「それはそうだろうね」
当然だと言いたげに答える彼。そういえば、最初に彼の矢筒を見たときにも、感じた疑問があった。エルスウェンは、それを訊ねた。
「なぜ、矢を四本しか持たないの?」
彼は、矢筒に受け取った矢を戻しながら、笑顔で答えた。
「『四射必殺』って聞いたことある?」
「いいや。ないけど」
「だろうね。ぼくが作った言葉だから」
彼はおどけて笑うと、弓を背負う。
「そのまんまの意味さ。弓は母からの習い始めだけど、ぼくはそれからずっと弓を使い続けていてね。極意だとか、奥義だとか格好をつけるつもりはないけれど、百年以上弓を使っていて、ぼくなりに辿り着いた技術だよ」
「技術?」
「うん。まぁ……技術というか、気づきというか。どんな生き物であろうと――それはもちろん、魔物であろうと――殺すには四射あれば十分なのさ。四射あれば、必ず殺せる。だから四本以上の矢を持ち歩く必要が無い、ってこと」
エルスウェンは、ぽかんとするしかなかった。
一体この男は、どれほどの弓の達人なのか。とても自分では計ることができない。
百年と何十年も弓矢を使い続ければ、ここまでの境地へと至るものなのだろうか。
男は、ジェイを見て言った。
「人であれば、首を牽制。心臓。鼠蹊部の脈。こう狙うと次の矢には反応できなくなるんだ。彼は三射まで完璧だったけど、四射目があれば、眉間を撃ち抜いて終わりだった」
「ああ。恐ろしい腕だ」
ジェイは素直に認めていた。それから、彼に言う。
「改めて、俺からも頼む。その弓の力を貸してくれるか。挑発的なことを言って試して、すまなかったな。お前は間違いなく、達人級の弓士だ」
丁寧に、頭も下げる。そんなジェイの態度に、彼は慌てたようだった。
「東方の人は信じられないほど礼儀正しいって、本当なんだな。勝負そのものは君の勝ちなんだぜ。顔を上げてくれ」
言われて、ジェイは姿勢を戻すと肩をすくめた。
「東方の連中が礼儀正しいだと? 俺の周りの連中は、どいつもこいつも面従腹背のタヌキばかりだったぞ」
「そうか。じゃあ君はますます、評判通りの人ってことになるんじゃないか」
言い合いながら、ジェイと彼はがっちりと握手を交わした。最初はどうなることかと思ったが、上手く決着が着いたらしい。
次に、ラティアが男と握手をする。
「エルスたちのパーティのリーダーをしている。ラティアだ。剣士として、前衛を務めている。改めて、よろしく頼むよ」
「ご丁寧に、どうも。指示を出すのがあなたなら、安心して従えそうだね」
最後に、フラウムも握手をする。
「オッス! 私はフラウム! 最強の魔法使いで、エルスの運命の女だぜ! よろしくな、淫魔のハーフ!」
「はは、こちらこそ。でも君からは凄まじい魔力を感じるし、相当に優れた魔法使いなんだろうね。よろしく頼むよ」
こうして、新しい仲間が増えた――そう言って、差し支えないようだ。
半魔族とは、ずいぶん変わった人だとも思ったが。彼となら間違いなく、上手くやっていけそうだ。少なくとも、迷宮に巣食うという魔族と彼とは、なんの関係もない。彼は彼だ――心から、そう思えた。
と、フラウムが素っ頓狂な声をあげた。
「っていうか、名前がないじゃん! どうやって呼べばいいんだよ。ホントに名前ないの? あんたって」
「ないんだよ。いや、正確にはあるんだろうけど、それは母がつけてくれた魔族としての名前だから、半分人であるぼくには発音すらできないんだ」
弁明するように言ってから、彼はなにかを思いついたようだった。
エルスウェンを見て、言ってくる。
「君が、名前をつけてくれないか」
「僕が?」
「ああ。エルス、君がぼくを勧誘したんだから。責任を持って名付けてくれ。それを、ぼくの探索者としての名前にしよう」
「そんな、責任重大なことを……」
怖じ気づいて拒否しようとするが、ラティアが笑っていた。
「いいんじゃないか。探索者になるには名前はどうしても必要になる。訓練所に行き、面接、研修を受け、登録をして、祝福、加護を受けて……とやらないといけないからな。そしてもちろん、種々の書類へのサインがいる」
「そんなに手間がかかるのかい、探索者ってのは?」
「この王国をあげての事業だからな。その辺りは厳しくやっているのさ。いや、基本的には、実力さえあれば誰でもなれるが。体裁はちゃんとしているということだ」
「ふうん。じゃあ、そういうことだから。頼むよ、エルス」
男に言われて、考える。
この男に相応しい名前……
腕を組んで考えていると、頭上で雲雀が鳴いていることに気がついた。
顔を上げて、その姿を探す。すぐに見つかった。
夏が終わり、秋の気配を見せ始めた空を、雲雀が飛んでいる。迷宮を抱く岩山から吹く風を受けて、天高く飛びながら、自由に歌っている――
これがいい。そう思った。
「ラーク」
「え?」
「名前だよ。ラーク。これでどう?」
「……ラークか」
彼は空を見上げた。エルスウェンの見つけた雲雀を彼も見つけたのか、目で追い始める。そして、雲雀の鳴き声に似せた口笛を吹いてみせる。
それが聞こえたのか、その一羽の雲雀はくるりと空中で円を描いた後、どこかへ向かって飛んでいった。
それを見送って、彼は満足そうに頷いた。
「いいね、ラークか。じゃあ、これからぼくの名前はラークだ。そう呼んでくれ」
「うん。よろしく、ラーク」
頷き合って、エルスウェンはラークともう一度握手を交わす。
と――
今度は天空を、鴨が鳴きながら飛んでいった。
それを聞いて、ラークはこちらの手を握ったまま、吹き出した。
「なぁ、まさか……さっき鳴いたのが雲雀じゃなくてこっちだったら、ぼくの名前は『ダック』になっていたのかい?」
言われて、エルスウェンも吹き出した。
「そうか。そうかも。ダックになっていたかもね」
「おいおい!」
「いいんじゃね、ダック。なんかマスコットっぽくて可愛いじゃん」
「おいおいおい! さすがに締まらないだろう? ダックなんて」
「まあ、可愛いとは思うがな」
「今からでも変えるか? ダックに」
「勘弁してくれないか」
それに、フラウム、ジェイ、ラティアが笑っている。
エルスウェン、ラークもひとしきり笑い、なんだか丸く収まったような――
素晴らしい仲間を得られて、久しぶりに有意義に感じられた。そんな午後だった。
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