第44話 新たな仲間 #8
「人族と淫魔の生殖行為は、生命力の全てを使い果たす。つまり、淫魔と子を設ければ死ぬ。その場合は蘇生も不可能――でも、そうと分かっていても、父はそうしたんだ。母を、心から愛していて、その愛の結晶としての子供が、どうしても欲しかったそうだ。そして母も……最初は拒んでいたけれど、最後にはそれを受け入れた。……そうして、ぼくは生まれた」
「……お母さんは?」
エルスウェンは、それだけを聞いた。彼は答えた。
「母は母で……父を亡くし、ぼくを産んでからは衰弱していく一方だった。母は、父以外の男からは生命力を吸わないという誓いを立てていて、それを律儀に実行していたんだ。さすがに辛かったな。どんどん弱っていく母を見るのは」
そう話している男の口調にも、辛そうなものが混ざっている。
「それでも、ぼくがひとりで生きていける年齢になるまでは生きてくれた。この首飾りを子供のぼくに作ってくれたり、あとは狩りのやり方や、弓矢の使い方、その他武器の使い方に……あとは、夫婦での惚気話とかを、みっちりと教えてくれたよ。最終的には――」
そこで彼は、言葉を切った。また、空を見上げる。雲の向こうに、両親を幻視しているんだろうか? エルスウェンには、涙を堪えているようにも見えた。
「母は『祝福の聖堂』を訪れて、解呪の儀式を受けたんだ」
「解呪の……儀式を?」
エルスウェンは耳を疑った。解呪の儀式とは、迷宮の瘴気に深く汚染され呪われた装備を清浄化したり、あるいは迷宮や魔物の瘴気に深く毒された肉体を浄化したり、邪悪な魔法の効果を外したりするための儀式のことだ。一口に解呪と言っても、その目的は多岐に渡る。
多岐に渡るが、共通するのは迷宮の邪悪な瘴気、邪悪な魔法の効果を退けるための儀式である、ということである。
魔物や魔族の生態については想像するしかないが、たとえ高位の魔物である淫魔とはいえ、そんな儀式を受けるのは、自殺行為でしかないはずだった。
エルスウェンの言葉に、彼は頷いた。
「そうだ。母は司祭に、魔物としての生涯を告解して、解呪の儀式を受けたんだ。そうすれば、魔物としての罪を清算して……人である父の魂があるところと、同じところに行けるんじゃないか、ってね。儀式を受けた母は、そのまま死に、真っ白な灰となったよ」
そこで句切ると、彼は周囲の草原を見回した。
「……ちょうどこの辺りだったんだ。父の灰を母が撒いて、母の灰を、ぼくが撒いたのはね……」
エルスウェンは、返す言葉が見つからなかった。
魔物や魔族が解呪の儀式を受けることは、どれほどの苦痛なのだろう。
人が、魔界の業火に生きたまま灼かれることと大差ないはずだ。
だが、愛した相手の元へ行くためにそれを選び、ためらいなく実行できるというのは……。この男の両親の愛の深さというものを、エルスウェンにはとても測ることができなかった。
それでも……どうか、彼の父と母の魂が、同じ場所で再び結ばれ、永遠の安らぎに抱かれていてほしい――そう思った。
目の奥が熱くなるのを堪えつつ横を見ると、ラティアは涙ぐみ、フラウムは鼻水を垂らして号泣していた。
「うおおぉぉ……! いい話ずぎるだろ! 愛ってやべえ……! そんなの、演劇化決定だろぉ……!」
「ああ、演劇化してるよ」
「マジで!? 見てえ!」
「『ひとりの男と妖魔の姫』っていうやつさ。ぼくの両親の話を元に、ちょっと脚色してね、戯曲を書いてみたら。なんか、大当たりしちゃって」
この男は、劇作家でもあったのか。エルスウェンは、それにも驚いた。
「私は見たことがある。似ている話だとは思ったが……」
ラティアが、まぶたを拭いながら頷く。エルスウェンは観劇には疎かったため、少しも知らなかったが。
呼吸を整えたラティアが、さらに男に訊ねる。
「あれは、もう百年以上前から演じられている定番の舞台だ。……お前は一体、何歳なんだ?」
「言うのが遅れたね。ええと……そうだな。もう、百と、何十年経っただろう? 五十年か、六十年か。それくらいかな」
「百……」
エルスウェンが呟くと、男は笑った。
「半魔族というのは、森人のように歳を取りにくいらしい。時間の流れが、普通の人とは違うのかもね。推測でしか話せないのは、勘弁してくれ。なにしろ、仲間もいなくて、どういうものなのかも分からないからね」
ふっと笑って、男は続ける。
「命を賭けて魔物と子作りするヤツなんて、そうそういてたまるか、という話だよ。でも、どうやら見ての通り、森人のように二十代で見た目の老化は停止するらしい。ここから先、どうなるのかはぼくにもまったく分からないけどね」
「なるほど……。そういうことだったんですね」
言われて、エルスウェンは合点がいった。
この彼の独特の雰囲気というのは、この長寿のためだったのだ。やはり、母と似ているように思えたのは、間違いではなかった。
男は、軽い調子で手を振った。
「いや、かしこまる必要はないよ。父と母が死んでからは、ここでずっと、狩りをして暮らしているだけの男さ。大したものじゃない。ぼくはどうやら、他人から力を吸わなくとも生きていけるようでね。それでもなにかを殺し、それを食べて生きているのだから、同じようなものだろうけど」
それから男は、エルスウェンを見る雰囲気を変えた。訊いてくる。
「ぼくの話は、こんなものだ。で、おたくらにはどういう事情があるんだい? こんな半魔族の男をわざわざスカウトしようって言うんだ、なにか、面白い理由があるんだろう」
「面白いかどうかは、分からないけれど……」
訊かれたので、エルスウェンは話し始めた。エルスウェンだけでなく、ラティアを始めとして、自己紹介から入り、これまでのことを説明する。
迷宮に、謎の黒い剣士が現れたこと。
それが魔法も剣も通じない強敵であること。
先日、王都はその黒い剣士に襲われたこと。
王宮を挙げて、その黒い剣士の討伐令が発令され、エルスウェンたちはその討伐隊である、ということ。
そして、黒い剣士は、エルスウェンの父の亡骸が、魔族によって操られている姿かもしれないこと――
全てを話した。
彼は飄々とした受け答えを全て引っ込めて、真剣に耳を傾けてくれた。
「――というわけで今は、どうやって黒い剣士……黒燿の剣士を討伐できるのか、ということをみんなで考えているところなんだ。僕たちは二手に分かれて、もっぱら僕たちのほうは、魔法消去の対抗策とか、戦術を考えているんだ」




