第41話 新たな仲間 #5
翌日の昼過ぎ――
巻物の翻訳に一段落をつけたエルスウェンは、ラティアたち三人を伴ってあの狩人に会った場所に来ていた。今日は水を汲むための瓶も、籠もない。四人手ぶらで、野原に立っている。
あの狩人を捜すために、エルスウェンは生命探知の魔法を使おうとしていた。精神を集中させて、魔力を周囲へ放散させるイメージを働かせる。
母から習った森人の言葉で、詠唱を紡いだ。
「虚構の闇、偽りの影……暗き瞳唆す、まやかしの光退けよ。真贋見定めんとする意思の光こそ、正道を照らし出せ――」
魔法使いは、自身の体内に宿る魔力を呪文――音声によって解放し、様々な超常現象を引き起こすことができる。
魔法に縁の無い生活をしている人からは、声ひとつで炎を起こしたり、あるいは怪我を治すことのできる便利なもの、として認識されているが、実際はそこまで便利なものではなかったりする。
まず、魔法は使い手の強固なイメージがなければ発動できない。
相手を炎に包みたいのなら、炎に巻かれる相手のイメージを、強烈に、現実と変わらないほどに生々しく思い描けなければ、魔法は発動できない――ということだ。
魔法使いになるためには、イメージを瞬時に創りあげるための訓練に、何年もかけて取り組まねばならない。
魔法使いの探索者を目指す場合は、更なる苦難の道のりが待っている。集中を乱されてイメージが崩れてしまえば魔法は失敗するため、いかなる妨害を受けても、仲間が目の前で死んだとしても、集中を切らさずに魔法を使いこなせなければならないからだ。それを克服するための訓練は、一口に言えば地獄のようなものである。
次に、イメージが完成していても呪文を詠唱しなければ、魔法は発動できない。
呪文に使用する言葉にはかなりの自由が許されている。が、古来より言葉そのものにも力があると信じられてきた。言霊と呼ばれる力だ。言霊は、長い時間を経るほど、使用されていくほど、その力を高めていくと言われている。
なので、炎を起こすという一般的な攻撃魔法であれば、ある程度決まった詠唱が使われる。古来から伝わり、使用されてきた呪文を用いることで、イメージの発現を補助する効果も得られるからだ。古来より伝わり強い言霊を持つに至った呪文は、初歩の魔法使いにとっては、大きな助けになる。
ただ、独自の呪文を持つ魔法使いも、それなりに多い。独自の呪文を持つ魔法使いは、例外なく優れた、強い魔法使いである。
術者が進歩し、魔法に術者の個性が強く反映されるようになると、そのイメージに合う呪文を、術者が自然と生み出していく。そういうことが起こる。
そうして微調整された呪文は、定型的な呪文よりも、術者のイメージを強く補強できるようになる。最初は弱い言霊の力も、術者が何度もその詠唱を繰り返し使っていくことで、どんどん強くなっていく。結果、唯一無二の魔法が生まれ、それを使いこなせる魔法使いは素晴らしい魔法使いだ、ということになる。
エルスウェンは、生命探知の魔法を母より教わっているが、その詠唱も、母が教えてくれた呪文とは多少変化してきていた。
エルスウェンが生命探知の魔法に持つイメージは、朝の光だ。陽が昇り、時間が経つごとに、陰がじりじりと退いていく。暗闇にあるものが次第に輪郭をはっきりとさせて、正体が浮かび上がっていく。
加えて、風が霧を吹き晴らしていくイメージや、空間に音が反響するイメージなどもそれに合わせる。複数のイメージを駆使して、魔法の効果をより具体的に、強くする、ということをやっている。
そのイメージが完成したときに、エルスウェンは生命探知魔法を使いこなせるようになった。魔力の波動が触れた生命の鼓動、物質の手触りまでも感じられるようになっていた。
「どうだ?」
ジェイに言われて、首を振った。
「いないね。少なくとも……この周囲百メートルには。もう少し移動して、使ってみようか。母さんは、あの泉のほうで会ったって言ってたし、そっちのほうで――」
「それには及ばないよ」
声がした。
エルスウェン、ジェイ、ラティア、フラウム全員で、背後を振り返る。
昨日と同じような、十メートルほどの距離にあの名無しの狩人が立っていた。
エルスウェンは、唖然とした。生命探知魔法には、なんの反応もなかったはずだ。魔法には成功していたし、一体これは、どういうことなのか。
彼はまったく敵意のない笑顔を浮かべているが、それが不気味でもある。
「馬鹿な……。貴様、何者だ……!」
ジェイは、明らかに狼狽え、攻撃的になっていた。全身で警戒を表している彼を見るのは、あの黒燿の剣士と戦っているときに見て以来だった。
だが、そんなジェイの態度も、男は肩をすくめるだけでいなしてしまう。
「昨日言っただろう? 名無しの狩人だよ」




