表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/169

第3話 魔法使いエルスウェン #3

 フラウムの照明魔法の範囲外の暗闇から、明かりの中へ、四人の人影が歩いてくるのが見えた。先頭を歩く、戦槌を背負った地人族の男――ザングが、朗らかに手を挙げてこちらに振ってくる。


 やがてエルスウェンたちの目の前まで来ると、彼らは足を止めて笑顔になった。


 ザングが太い声でマイルズに話しかける。


「マイルズ。お前の怒声は第三階層全部に響き渡っとるんじゃないか。あの剣幕じゃ、迷宮虎も逃げ出すだろう」


「ほっとけよ。じいさん、傷はもういいのか?」


 マイルズに訊ねられて、ザングはがははと豪快に笑った。鎖かたびらの上から、握り拳でどんと胸を叩く。


「あの時のエルスには助けられたわ。八十も超えるとな、聖堂での蘇生も失敗しやすくなるというだろう? マイルズ、お前さんはああ言っておったがな、エルス、お前には感謝しとるよ。お前たちのパーティのおかげで、死なずに済んだ」


 ザングはエルスウェンを見て、にかりと笑った。とは言っても、たっぷりと蓄えられた白髭のせいで、笑っている気配がするだけだが。


 それからザングは、真面目な顔に戻って言い直してきた。


「だが、マイルズの言うことも一理ある。お前は優秀な魔法使いで、どこのパーティも喉から手が出るほど欲しい逸材であろう。だからこそ、今はまだマイルズたちの言うことを聞いて、経験を積みなさい。こんな老いぼれを助けて、若く未来あるおぬしらが死ぬなど、そんなことはあってはならんのだからな」


「……はい」


「うむ。だが、わしが危ないときは、また助けてくれ。頼むぞ」


 冗談めかした彼のその言葉に、場の空気が緩む。


「ったく……。エルスにはいつも甘いんだよな、じいさんは」


 マイルズもザングには強く出られず、頭を掻いていた。


「でも、まさか追いついちゃうなんてね」


 呟くように言ったのは、身長が百十センチほどの小人族の男で、盗賊を生業としているロイドだった。盗賊とはいっても、狙うのは迷宮に眠る宝箱だけで、盗賊と書いてトレジャーハンターと呼んでほしいな、というのが、彼の弁ではある。


 ロイドは大きな鼻が特徴の愛嬌ある顔で、こちらを見回して言ってきた。


「今はなにしてるんだい? 休憩?」


「そだよ。で、ゴリラがヒスってるのをなだめてた感じ」


「あはは……。マイルズにそんなふうに出られるのって、フラウムちゃんだけだよね、ホントに。でも、話は実際、ほとんど聞こえてたんだ」


 そして、ロイドはちらりとエルスウェンを見てきた。


「前回の探索時に助けてもらったことは、本当に感謝してる。でも、エルス。君自身が死んじまったら意味ないだろ? 助けはありがたいけど、俺たちだってちゃんと覚悟して探索やってるんだ。それこそ、命を賭けてね」


 そこでごほんと咳払いをして、彼は言葉を探したようだった。


「だから、エルス、君は君のパーティをまずは助けるべきだよ。俺たちは俺たちで、ちゃんとやってるわけだからさ。俺たちのために君になにかあったら、俺たちも辛いんだ」


「うん……。分かった。ありがとう、ロイド」


「うん。あと、抜けるべきじゃないよ、エルスは。マイルズに、ラティアに、フラウムちゃん。そこに君の力が加わったら……ひょっとしたら、この竜骸迷宮を最初に踏破してしまうのは、君たちじゃないかなって思うんだよね」


 真面目にそう言ってから、ロイドは顔いっぱいに人懐っこい笑みを浮かべた。


「ま、俺たちも当然、負けちゃいないけど! ほら、見てよ。今回の探索で、新しく前衛に入ってくれた、人族のジェイだよ」


 ロイドは、さっと自分のパーティのひとりを示す。


 そこには、長身の――百九十センチほどはある体躯の、黒装束を身に纏った不気味な気配の男がいた。その容貌は黒の覆面に覆われていて、どんな造作かも分からない。分かるのはかろうじて覆面の隙間から覗く、ナイフで切ったように細い目だけだ。それは鋭い光でもって、こちらを油断なく見据えている。


 エルスウェンは、ごくりと息を呑んだ。その男の持つ空気は、なんだかこちらをじわじわと圧してくるようだ。


 黙っていたマイルズが、口を開く。


「見たことはあるぜ。ジェイってのか。一言も喋らねえ。獲物は持たねえ。そのヘンテコな黒装束ひとつでここに単身で潜り、傷ひとつ負わねえ変人がいるってな。半年以上前から噂になってただろう」


「あー、聞いたことある! あんたが、謎のブラック変態仮面!」


 フラウムの軽口にくすりともせず、ジェイは不動の姿勢だ。


「ブラック変態仮面……?」


 エルスウェンは初耳だったため、思わず聞き返してしまった。嬉しそうに、フラウムが遠慮なくジェイを指さしながらまくし立てる。


「このゴリラが言ったみたいな変なヤツが、迷宮に出入りしてるってもっぱらの噂だったわけ。エルス知らないの? 『サブリナの台所』で知らない人はいないよ」


「知らなかったな」


 『サブリナの台所』とは、探索者たち御用達の大衆酒場だ。探索を終えた探索者たちが、浴びるほどの酒で命の洗濯をする場所である。エルスウェンは酒を一滴も飲めないため、迷宮を出た後はすぐに宿に帰ってしまうが。


 探索後の打ち上げに参加したのも、数えるほどだ。だから彼についての話を、聞いたことがなかった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ