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薄明の魔法使い #0 竜骸迷宮と黒燿の剣士  作者: 式見 汀花
Ⅰ すべての始まり

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第36話 糸口を探し出せ #4

「物理的な攻撃って言ったけど。ジェイは、素手で戦うんだよね?」


「ん? そうだが」


「武器は扱わないの? 剣とか……斧とか、槍とか」


「武器術も修めてはいるさ。お前が今言ったようなものなら、その辺の戦士くらいには扱えるつもりだ」


「じゃあ、なんで使わないの? 素手よりも武器を使ったほうが、攻撃の威力が出るんじゃないの?」


「そう思うか? まぁ、普通はそうだろうな。だが、そうでもないのさ」


 にやりと――ジェイは、含みをもたせた、どちらかと言えば得意げな子供のような笑みを浮かべた。それを見て初めて、彼は相当若い年齢なのでは、と思った。


 ジェイはその笑いをすぐに引っ込めると、説明してくれた。


「獲物は趣味じゃないってのもあるが……忍者は、五体を武器化するための修行をするんだ。こんなふうにな」


 ジェイは、装束の右腕を捲り上げると、生身の腕を見せてくれた。手は指を伸ばし、貫手ぬきての形にしている。


 彼は、ふっ、と力強い息を吐いた。右腕に力を込めるのが分かった。


 見ていて、エルスウェンは驚いた。力を入れるどころではなかったからだ。


 ジェイの腕の筋肉は、まるで針金で編んだように引き絞られ硬質化し、色まで赤黒く見えるほどだ。試しに触ってみると、鋼鉄のように硬い。


「これで殴るだけで、人が相手であれば簡単に殺傷できる。革鎧であれば引き裂き、鋼鉄の鎧であろうと、メイスで殴るように衝撃を伝えて攻撃することもできる」


「すごい……!」


「ふ、そうか」


 筋肉を緩めると、さらにジェイは続けた。


「だが、肉体の武器化だけで戦うことはできん。さっき言った呼吸の読みなど、色々な技術を上乗せすることで初めて使いものになるんだ。その中でも特に、忍者の真骨頂は『致命の一撃』と呼ばれる技にある」


「致命の一撃?」


「ああ。どんな生物にも物体にも、急所ってものがある。生物であればそこを突かれれば死ぬ、という弱点であり、物体であればそこを突かれれば壊れる、という点だ」


「うん」


「忍者は、そこを一瞬の隙を突いて攻撃する。今見せた、武器化した五体でな。相手の呼吸を読み、隙を窺い、あるいは闇に乗じて……急所を一撃する。攻撃の間、威力、呼吸、全てが噛み合うことで生まれる『致命の一撃』は、一撃必殺の威力があるんだ。決まればどんな図体の怪物であろうと、一瞬で殺せる。忍者の技術体系というのは、全てこの『致命の一撃』を生み出すためにあると言っても過言じゃない。俺の師は、手刀で対手の首を跳ね飛ばすくらいのことは難なくやってのけるぞ」


「すごい……」


 東方の神秘とは、このことだろう。本でそんな記述を読んだことがあったが、現にその業を修める忍者の口から説明してもらうのとは、次元が違う感動がある。


 そんなすごい技術があると聞いてしまえば、こちらから訊ねることはひとつだ。


「あの剣士に、致命の一撃は通用する?」


「分からん」


 ジェイは素直に首を振った。


「お前が帰還の魔法を唱えているときに撃った一撃は、致命の一撃とは言えぬまでも、会心の一打だった。だが、あいつは全く意に介さず、剣まで投げてきた。あれには参ったな……正直、自信ってやつにひびが入った」


 苦笑混じりに言うジェイだが、確かにショックを受けたのだろう。苦笑いの中に、まだそれがわずかに残っているようだ。


「みんな、自信には罅が入ったよ。ジェイだけじゃない」


「ああ。上には上がいる。アレがもしお前の親父さんなら、喜ばしいことですらあるさ。少なくとも迷宮の第九階層に挑むなら、あの剣士よりも強くならないといけないってことなんだからな。ある意味、迷宮の踏破のための試練みたいなものだ。アレを倒せないなら、この先もないんだ」


「そうだね」


 ジェイの言う通りだ、とエルスウェンは頷いた。


 あれが父であるなら、強くて当然なんだろう。そうでなかったとしても、迷宮にはそれだけの脅威がある、ということでしかない。


 最終的な目標が竜骸迷宮の踏破であるなら、なんとしても、黒燿の剣士を乗り越えないといけないのだ。


 と――


 ぽん、ぽん、と肩を叩かれた。


 振り返ると、籠に空の瓶を何本か入れたものを持ったラティアと、空の籠を持ったフラウムが立っていた。


「なに?」


 聞くと、ラティアはジェイとはまた違う力強さで頷いた。


「湧き水を汲みに行こう。他意はないぞ。お母さまが必要だと言うのでな」


「アロエを摘みに行くよ! 医者いらず! ダイエット! お肌ケア!」


「……まぁ、なんなのか事情は分かったけど」


 みなまで言われなくとも、丸判りだ。ふたり越しに母を見ると、笑顔で頷いた。


「たまにはそのあたりを散歩していらっしゃい。室内で書物と睨めっこでは息が詰まるでしょう? なにか発見があるかもしれないわよ」


「いや、まだ今日の作業、始めて三十分ってところなんですけど……」


 時計を見て言う。が、母の言うことと、ラティア、フラウムに逆らうメリットも見出せない。面白い巻物をジェイが見つけてくれたが、これは別に逃げたりはしない。ラティアたちを落ち着けて、それからのんびり、ふたりで解読すれば能率も上がるかも――


 色々と考えて、自分を納得させてから、エルスウェンは立ち上がった。


「じゃあ……行きますか」


「うむ」


 ジェイもついてきてくれるのか、頷いて立ち上がる。そうして四人で、家を出た。



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