第34話 糸口を探し出せ #2
彼の示した巻物は古代の言葉で書かれているが、図解もついているようで、それでジェイにも内容のあたりがついたのだろう。図解は、ふたりの剣士が一体の大型の魔物――食人鬼だろうか?――に攻撃する手順を示しているようだ。
ジェイは辞書を持って努力していたが、完全には読めていないようなので、エルスウェンが声に出して読み上げる。
「交叉攻撃……。二名以上で呼吸を完全に合わせて、全く同時に攻撃を仕掛けることで、対手の防御行動を封じる攻撃方法」
「ほう。……これは、古代の戦術書のようなものか?」
「みたいだね」
エルスウェンは頷いた。武芸については門外漢のため、ジェイに訊ね返す。
「どう? 信憑性はありそう?」
「そうだな」
ジェイは顎のあたりを揉みながら頷いた。
「呼吸を掴むことは、武芸における極意のひとつと言っていい。敵と相対したとき、特に俺のような武芸者はだが、対手の呼吸のリズムを見る。魔物が相手だろうと同じだ。吐き、吸い、止めるという、単純な呼吸そのものだけでなく、生物には特有の反応……それこそ、リズム、律動とでも言おうか。そういうものがある。そして、それにはそれぞれ必ず特徴があり、それを見切ることで攻撃を必中させられる。相手からの攻撃を読み、避けることもできるようになる」
呼吸を見切る――
それは確かに、相当に武芸を極めていなければ不可能な芸当に聞こえる。
ジェイはとんとん、と図面を人差し指で叩いた。
「だから、ふたりがかりで完全に呼吸を一致させて攻撃をされては、相当に回避しにくくなるだろうな。どのような攻撃を仕掛けるかまで詰めていけば、理屈の上では不可避の連係攻撃、ということになるのではないか。ただ単にふたりで殴りかかるということとは、わけが違うからな」
なるほど、とエルスウェンは頷いた。単純な連携であれば、自分たちも意識せずにやっている部分はあるだろう。だが、この巻物に記されているものはどうやら様子が違う。これは既存のチームワークをより最適化し、いかに優れた効果を生み出すか、という方法なのだ。
探索にはチームワークが不可欠だが、一方で探索者はそれぞれ我が強いという一面もある。エルスウェンにしろ、他のパーティも助けたい、という一点ではここまで折れてこなかった。ゆえにラティアのようなリーダーが必要不可欠なのだが、結局は個人の力がものを言う世界だという、暗黙の了解があったように思う。
今までは圧倒的な個人が四人集まり、申し訳程度のチームワークで戦ってきた。
だがこれからは、パーティが真に力を合わせる方法を知ることで、より上を目指せるのではないか。
この巻物を見つけたのがジェイだというのも、なにか奇妙な巡り合わせを感じずにはいられなかった。
ジェイは、ロイドのパーティに一度きりという契約で加入したにもかかわらず、あの黒燿の剣士相手に、真っ先に命を賭けた足止め役を買って出た。普通の探索者であれば、自分の命をまず優先して、逃走しているだろう。
そこまで改めて振り返り、エルスウェンは、ジェイという男に強く惹きつけられる理由が分かった気がした。
この男は、戦闘の達人でありながら、常に周りを見ている。そして、それを尊重し、生かし、いざとなれば自分の命を犠牲にしてでもそれを守ろうとする、そういう男なのだ。
それはエルスウェンの、周りの命を助けたい、という考えとは種類は全然違うように感じられる。より高潔で、どこか爽やかささえ感じられるようなものが、この男にはあった。彼が自ら言及したような使い捨ての道具とは、とても思えなかった。
ジェイであれば、この連携技の骨子を抑えられる。そう思って、訊ねた。
「ジェイがもしこれをやられたら、避けられる? ジェイは、浮羽の加護のついたあの黒燿の剣士の攻撃を、一度ももらわなかっただろう?」
ジェイは瞑目してしばらく考えた。それから、答える。
「そうだな……。これをやってくると分かっていて、警戒していて、かつ回避に全霊を傾けていれば、避けられるかもしれん。……が、いきなりこれをやられてはひとたまりもないな」
「そうなのか。じゃあ……この巻物は、当たりを引いたのかも」
信憑性のある戦術が記されているなら、より値打ちのある戦術が他にもあるかもしれない。ひょっとすれば、黒燿の剣士に最適なものもあるかもしれない。
にわかに希望が湧いたところで、ジェイが言った。
「だが、黒燿の剣士……あいつはおそらく、今言った呼吸の極意を掴んでいるぞ」
「え?」
「剣の技術の差ももちろんあるだろうが、マイルズの攻撃は完全に読まれていた。それは呼吸を読まれていたからだ。マイルズは無論、優れた戦士だが……あの黒燿の剣士はさらに上手だった」
「ジェイは、どうやったの?」
「俺はあいつの呼吸を読むことはできなかった。だから、こちらもできるだけ呼吸を隠して、回避に集中していた。注意を引いて攻撃を引きつけている間に、お前たちが逃げてくれればと思ってな。どこかの馬鹿者が、それを台無しにしてくれたが」
「ご、ごめん」
エルスウェンが思わず謝ると、ジェイはふっと優しく笑った。
「いや、冗談だ。だが、お互いに呼吸を隠しての攻防となり――結果として、俺は痛撃を与えられず、与えることもできなかった、というところか。あの黒燿の剣士、やはり……生半な腕前ではない。操られている死体であれなら、元は相当な実力者の死体なのであろうな」
「それは……」
ごくりと、エルスウェンは唾液を呑み込んだ。
やはり、黒燿の剣士の正体は父なのだろうか?
その話は、ラティアには今朝、説明をしておいた。だが、彼女は聞いてすぐ、疑問を返してきた。いわく――
『第九階層に至り、しかし帰らなかった剣士の話は聞いたことがある。巷においてはもはや、都市伝説のようなものだがな。それがエルスの父だったとは初耳だが……しかし、変じゃないか? 彼が迷宮内に消えて、再び現れたとしてだ……なぜ二十年近くが経過した今になって、現れたんだ?』
もっともな疑問だった。エルスウェンも、それが引っかかってはいる。
さらにラティアは、あの卓越した腕前から可能性はあるのかもしれないが、決めてかかれるほどのことでもないと言った。我々が討伐をするうえで、正体は関係が無いとも言った。
『あの剣士の正体がなんであれ、我々は刃を交えなければならない。余計なことを考えないほうがいい。正体がなんであるかを突き止めるのは、終わってからでもいいのではないか? エルス、お前が迷宮へ潜る目的が父の痕跡を探すことなら、なおさら、そうしたほうがいい。我々はあれを、倒さねばならないのだからな』
エルスウェンたちは、黒燿の剣士を討伐せねばならない。もしその正体が父であった場合を考えての、ラティアなりの気遣いなのは間違いなかった。少なくとも彼女は、それを殊更に問題にしようとは考えていないようだった。
ジェイはこちらの考えを読んだのか、細い目をさらに細めて、言ってきた。
「なあ、エルス。ラティアが言ったことに、俺は賛成だ。正体を確かめるのは、終わってからでもよかろうよ。全員に発表して、混乱させることもあるまい」
仲間たちの気遣い、優しさは心に沁み入るようだった。それに感謝をしつつも、エルスウェンは静かに首を振った。
「いや、大丈夫だよ。僕は――僕自身は、敵が父さんだとしても、ためらいはない」
母に言われたときから、分かっていたことだ。
もう、覚悟も決めている。
「あれが父さんなら。なおのこと、苦しみから解き放ってあげないと。それに、もしそうなら……新しい目標ができることになる」
「なんだ?」
「父さんの死体を冒涜したヤツを見つけて、償わせる。……絶対に」
ジェイはこちらの目を見て、力強く頷いた。
「力を貸そう。死人を冒涜するなんて手合いは、俺も許せない」
「うん。……ありがとう、ジェイ」
その言葉に、勇気づけられる。胸中で感謝の言葉を呟いてから、エルスウェンは戦術の巻物に目を戻した。




