第32話 謁見のあと
王宮を辞したあとは、八人で酒場『サブリナの台所』で待ち合わせをしていた。エルスウェンはジェイと共に貸衣装を返却しに行き、それから合流した。
『サブリナの台所』の定位置には、すでに人数が揃っている。マイルズが、エルスウェンとジェイを確認すると、テーブルの上へ雑に小箱を放った。
やれやれ、と鬱陶しそうに前置きをしてから、彼はテーブルを見回す。
「……で。ずいぶんとご大層な騒ぎになっちまってるが……。具体的な予定ってのは、できてるのか?」
それには、ラティアが答える。
「いいや、まだだ。エルス、フラウム、知恵は見つかったのか?」
「まだ、なんとも」
「うん。エルスの家で古い本に当たってみてたけど、もー……なんていうか、絶望感が深まっただけってカンジ」
「そうか。だが、慌てることはない。今のところはお前たちが鍵であることに間違いはないからな。なんとか、討伐の糸口を見つけてくれ」
ラティアの言葉に頷く。それが双肩にかかっていることは自覚している。
聞いていたキャリスが、エルスウェンとフラウムに話しかけてきた。
「提案なんですが。王宮の書物に当たらせてもらうというのは、どうでしょう。古い書物を当たりたいのなら、王宮も負けていないのでは?」
「あ……なるほど。それは、そうかもしれません」
エルスウェンの返事にキャリスは頷くと、眼鏡を直しつつ言う。
「エルスたちの手が離せないのなら、王宮へは私が当たりましょうか。幸い、出入りは自由だと言われましたしね。こういう機会は、滅多にありませんから」
キャリスも魔法使いの性分に漏れず、こういった調べものは好きなのだろう。眼鏡の奥の灰色の瞳が、やけに輝いて見える。
「俺は、もう少しマイルズさんと稽古をしたいな」
ファルクが言う。それにはロイドが答えた。
「それがいいよ。エルスたちはまだ時間がかかりそうなんだし、しっかり鍛練をしておいたほうがいい。マイルズは、あの黒い――じゃなかった、黒燿の剣士と斬り合ってるんだろう? 感じを掴む、一番良い方法だと思うよ」
「はい。俺も……役に立ってみせますから」
言って、ファルクはエルスウェンをちらりと見ると、すぐに視線を外した。なんだろうかと思ったが、その疑問はロイドの続けた言葉にかき消された。
「俺は、情報収集かな。ほら、やられたってパーティがふたつあるんだろ? 話を聞いてくるよ。幸いにも、死んだわけじゃないみたいだし」
「どんな連中が志願しそうか、ってこともマークしといてくれるか」
マイルズの頼みに、ロイドは笑顔で頷く。
「もちろん。あ、黒燿の剣士と戦ったのは、ドゥエルメもなんだよね。ドゥエルメにも、直接話を聞いておいたほうがいいよね」
「それは俺も聞きたいと思っていた。ファルク、お前も来い」
「分かりました」
「ジェイ、君はどうする?」
「俺はエルスの手伝いをするつもりだ。あるいは、なにか諜報すべき事柄があるなら、請け負おう」
どうやらジェイは、エルスウェンに命を預けると言ったあの言葉に忠実であるらしい。こちらとしても、ジェイのように力のある人が傍にいてくれると、ありがたい。なにしろ魔法以外はなにもできないのだから。
ともかく、こうして八人が一丸となって目標へ進む、というのは、大きな希望を抱いたような、そんな気分になれる。これなら、黒燿の剣士を倒せるのではないかと。
そんなことを考えていると、ふと、また別の考えが頭をよぎった。
黒燿の剣士が、自分の父である可能性について、話しておくべきか――
ドゥエルメは、確か父と面識があったはずだ。ひょっとすると、彼はあの黒燿の剣士が父であると、気づいているのかもしれない――
そこまで一気に思考を進め、胸中で否定する。まだ、そうと決まったわけではないというのが、本当のところだ。無駄な混乱を防ぐためにも、余計な可能性の話はしないほうが無難だろうか。
と、盛り上がるテーブルを眺めていたラティアが、こちらに顔を向けた。
「私は……どうするかな。案外、リーダーというのがこういうときに暇なんだ。エルス、私にして欲しいことはあるか?」
ラティアのその言葉は意外に思えたが、別段おかしなことでもない。
確か、ラティアは回復魔法を修得する際に森人の言葉を多少読めるようになった、と言っていた。なら、こちらの手伝いをしてもらおうか――
と、エルスウェンが口にする前に横からフラウムが答えていた。
「ラティア森人語読めるよねぇ?」
「ん? ああ。少しならな」
「それでも私より分かるって絶対。ねー、助っ人してよぉ。エルスの家の本、解読しようとしても全然進まないんだよぉー。私なんて気が狂う一歩手前まで行ったんだから!」
「ふむ……。それは大変だったな。エルス、私でよければ手伝おうか」
「いいんじゃねえか」
と、いつの間に注文したのか、麦酒の入った大杯を持ったマイルズが言ってくる。
「ちょうどふたつに分けられるな。俺とファルク、ロイド、キャリスはこの王都で情報を集めとく。お前らは、エルスのところで使えそうな情報を探す」
「確かにな。上手く分かれているのなら、それでいい。しばらくは、この単位で行動することにしようか。進捗については、特に連絡が無ければ……そうだな、五日後の午前九時、ここに再び集まろう」
ラティアが、ウェイトレスを捕まえて酒を注文しながら応じる。
「了解だ。俺は訓練所か、宿にいるつもりだ」
さっきエルスウェンの感じていた希望をマイルズも感じているのか、普段の難しい顔よりも、幾分か柔らかくなっているように見える。いや、やっぱり見た目は変わらないか。
それでも、彼の声のトーンは確実に柔らかくなっているように思えた。
「なんでもいい、とにかく打開策が見つかればいいんだがな……」
マイルズはぽつりとそう呟いてから、ロイドたちのテーブルに移動する。入れ替わりに、ジェイがやってきた。
ジェイはこちらに訊ねてくる。
「このメンツで行動をする、ということか」
「そういうことだ。よろしく頼むよ」
ラティアの言葉に、ジェイは軽く頷く。
彼女はウェイトレスが持ってきた蒸留酒のボトルと杯を受け取ると、手酌で呑み始める。
そのウェイトレスが注文はないかと聞いてきたので、エルスウェンはグレープの果汁を注文した。
ラティアはその横で、ふう、と熱い息をこぼしながら言った。
「まぁ……元々エルスのご尊母の元へは、前の探索でお前を死なせてしまったことの謝罪を含めて、顔を出したいと思っていたんだ。でも、この数日間、全く収穫がなかったわけでもないんだろう?」
「いや、ホントにトント。ぜーんぜんですぜ、姐御」
フラウムはさすがに前回の悲劇を覚えていたのか、エルスウェンと同じグレープの果汁を注文する。ジェイはミルクを注文しつつ、言う。
「だが、ラティアが加わるのなら、判読も進むんじゃないか」
「そこまで期待されても困るのだがな。頭の切れるリーダーなどと思われているようだが、私も本質は前衛だ。エルスがパーティに加入してからは、ほっとしているくらいだよ」
ラティアは明らかな謙遜を口にする。
彼女は常に冷静で、ずば抜けて頭が切れる。エルスウェンが考えて到達する事柄には、大抵の場合、ラティアも一緒に到達することが多い。
ジェイの言う通り、ラティアが古書の解読に加わってくれるなら、心強い。
「あっ、そうだ。姐さん、ひとつ有益な情報がありやしたぜ」
「なんだ?」
「古代の装備に『魅惑の谷間を作る矯正下着』ってのがありやして、なんとその縫製方法が記されている本を見つけやしたぜ!」
「なんだそれは。くだらんな。……興味は無いが、一体それはどういうものなんだ。詳しく教えろ」
と、フラウムとラティアは顔を寄せて話を始めた。
それを眺めていると、ジェイが声をかけてきた。
「お前は今日、ずっと考えごとをしているようだな」
「え? ああ、うん」
「あいつを倒す方法を考えているのか?」
「それもそうなんだけど……」
エルスウェンは、場を見回した。
「……倒す方法も大事だけど、ここから誰ひとり欠けずに、終わらせる方法があればいいなって思ってね」
「……うむ。それはその通りだな」
ジェイは運ばれてきたミルクのグラスをちびりとやりながら、重々しく頷く。
彼も分かっている。そんな希望が通じるほど甘い敵ではない。
誰かは欠けるのかもしれない。
エルスウェンも、頭の中の冷たい部分がそう警告するのを認めていた。




