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薄明の魔法使い #0 竜骸迷宮と黒燿の剣士  作者: 式見 汀花
Ⅰ すべての始まり

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第28話 王都襲撃 #4

 夕食後の団欒は、当然、街での出来事の話になる。


 この時間までは一切の質問を受け付けない雰囲気であった母に、ようやく隙を見つけて、エルスウェンは訊ねた。


「一体、あれはどういうことだったんですか、母さん」


「お昼の出来事?」


 母は、食後のお茶を愉しみながら、いつもの柔和な顔でとぼける。


「そうです。そもそもなんで、黒い剣士が街にやってきたことが分かったんですか」


「あなたに生命探知の魔法を教えたのは誰? エルス。あなたはまだせいぜい、半径百メートルほどの精度しか保てないでしょうけどね」


 その母の口振りにエルスウェンは、なにも言い返せなかった。自分の魔法の腕前と、母の腕前とでは、天と地以上の開きがあるのは明白である。なにしろ悠久の時を生きてきた母と、まだ十八歳のエルスウェンとでは比較のしようもないだろう。


 彼女の元で魔法を磨いてきたが、その真なる実力というのはエルスウェンにも分かっていない。片鱗すらも感じ取ることができないのだ。


「母さんは……生命探知を王都まで伸ばせるんですか?」


 言いながら、母の生命探知はあの剣士の魔法消去に弾かれていないのだということにも気づく。つくづく、なにからなにまで実力に差がありすぎる。


「普段はやりませんよ、そんな無駄なことは。でも、あなたたちのお話を聞いて、少々疑問に思っていましたからね。この数日間、街道のあたりに狙いをつけて、探ってはいたのよ」


 母はしばし、なにかを確認するように考えてから、続けた。


「竜骸迷宮は、王都グラレアから東に街道を十数キロメートル。それほど大した距離ではないわね。探索者さんたちのために、王宮から専用の乗り合い馬車が四台、提供されていて……片道はせいぜい、一時間というところかしら。そして、帰還予定の探索者を迎えるため、折返しの馬車も用意してある」


 エルスウェンたちはその見立てに頷いた。


 こちらの反応を確認してから、母は説明を始める。


「あの黒い剣士はおそらく、その足で迷宮から出てくると、その乗り合い馬車を強奪したようね。そして全力で走らせて王都へ迫ったのよ。街道で捕まえてしまいたかったけれど、速すぎてできなかったわ。結果として、ああなってしまった」


 エルスウェンは、壊れた門扉と、横転して炎上している馬車を思い出した。


 全速力の馬車で、あの黒い剣士は門に衝突でもしたのだろう。悲鳴が上がり、混乱する場。門に常駐している衛士が、黒い剣士に誰何する。しかし次の瞬間、斬り刻まれる衛士たち――


 想像でしかないが、エルスウェンたちが駆けつけるまでに起きたことは、こんなところだろう。


 その後の騒ぎについては、あまり思い返す気になれない。正直、夕食もなかなか喉を通らなかった。残さず食べなければ、あの黒い剣士が撃たれたような魔法で攻撃されかねないことも分かっていたから、食べたが。


「……母さんは、あの黒い剣士がなんなのか、分かったんですか?」


「まぁ、概ねはね。でも、あなたたちに簡単に答えを渡すつもりはないわよ?」


「どっ、どうして?」


「だって。あなたたちは、探索者でしょう。こんな、隠居している森人にホイホイと答えを教えてもらおうなんて、矜恃というものはないの?」


 母は、いたずらっぽい笑みを浮かべた。


「エルス、あなたが探索者をやめるなら、教えてあげてもいいわ。教えるどころか、この足で迷宮に出向いて、黒い剣士を私が倒してあげましょう。どうする?」


 聞かれるまでもないことだった。母は、エルスウェンが弱音を吐きそうになったりしたときは、いつもこの調子の物言いで突き放してくる。


「……結構です。僕たちの力で解決してみせます。そうでないと、意味がない」


 はたして、迷宮から魔物が出てきて、王都を攻撃したというのはいつ以来なのだろうか。歴史上でも希有な、未曾有の事態が起きていると言えるはずだ。


 ザングが死に、今日は衛士たちが何人も亡くなった。衛士たちは祝福を受けているものなのだろうか? そうでなければ、蘇生することはできず、永遠の死の眠りについたことになる。


 それでも、とエルスウェンは思った。


 ひとりでも多くの命を救いたいという信念と、自分の力で解決をしたいという思いは矛盾している。命を大切にしたいなら、この母に頭を下げてでも、事態の早期決着を図るべきだろう。この母は王宮の勅令であろうと従わせられない。この人に頼み事ができるのは、ただひとりの血族であるエルスウェンだけだ。


 だが、それでは真の解決にはならない。これから先、どんな苦難が待ち受けているのかも知れない中で、いちいち母を頼りにはできない。探索者という道を選んだのだから、自分の尻くらいは、自分で拭けねばならない――それこそ、自分で戦う気がないのなら、この母に甘え、家に閉じこもっていればいいだけの話だ。


 小さい頃、母に魔法の技を鍛えてもらっていたとき、よく言われた言葉を思い出していた。母の魔法を全く真似できずに拗ねていると、自分を弱いとか、無能とか、下手だとかいう言葉で卑下をするな、と。


 そういった言葉は謙遜ですらなく、ただ自分で自分を甘やかしているだけだ、と叱られたものだった。自分を弱いと思ったなら下を向かず、ひとつでも向上するように鍛練し続けなさい、と言われ、その通りに必死になって取り組んできた。


 そうやって戦い続けていかなければ……結局、本当の危機が来たときに、自分の足で踏ん張り、立ち向かうことなどできない。単純に、それだけの話なんだろう。


 母はエルスウェンの返事に頷き、微笑んだ。


「それでいいわ。ふふ、大きくなったわね、エルス。その姿勢に免じて、ヒントだけはあげましょう。あの剣士に付与されたものの、最後のひとつについて」


「ヒント? あの黒い剣士の?」


「ええ。あの黒い剣士には、私の魔法でもダメージを通すことができなかった。魔法消去を貫通することはできたけれどね」


「そうでした。母さんの魔法でもダメージを与えられないなら、魔法でダメージを与えるのは、事実上不可能ってことになってしまうのでは?」


「そうね。今地上にある全ての魔法使いを集めても、あの黒い剣士にダメージを与えることはできないでしょう。でも、それは打撃でも斬撃でも同じ。完全なる無敵の剣士と言えるわね」


 全て理解したと言わんばかりの母の口振りに、エルスウェンは思わず訊ねていた。


「……なぜ、ダメージが通らないのかが、分かったんですね?」


「ええ。あの剣士には、もうひとつ加護……というか呪いがかかっているわ」


「呪い?」


「そう。言わば……そうね、ちょうどいい例があったわ」


 言って、母はフラウムを見た。


「ヒントは、フラウムちゃんのパンケーキ」


「はっ、はあ?」


「以上よ。あとはエルス、頭を使って考えなさいな。……まったく、私も甘いわね。ほとんど答えを言っているようなものなのだから」


「ええ……?」


 言っている意味がまるで分からず、エルスウェンは疑問符を返すのだが。


 母は目を閉じてお茶をすすり始めた。こうなっては、子孫であるエルスウェンですら、なにも聞き出せない。あとは自分でなんとかしろ状態だ。


 あの黒い剣士と、フラウムの作ったパンケーキが、同じものだとでも言うのだろうか? 共通点は、黒いことと、妙に固いことくらいだったが。


 考えて、エルスウェンは大事なことに思い当たった。


 ――それを残さず食べてしまった僕は……大丈夫なんだろうか?


 あれから身体に妙なことが起きたりはしていないが、意識するとなんだか胸が悪くなってきたエルスウェンだった。



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