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薄明の魔法使い #0 竜骸迷宮と黒燿の剣士  作者: 式見 汀花
Ⅰ すべての始まり

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第27話 王都襲撃 #3

 エルスウェンは、吐き気と戦いながら黒い剣士を凝視した。


 面頬を下ろした漆黒の兜に遮断されて、その容貌は窺えない。日の下にあるにも関わらず、全く光を反射しない不気味な黒い甲冑の下にあるのは、自分の父の身体なのだろうか。


 太陽の下で相対しても、まったくその正体は見えない。魔物なのか、人であるのか、正気であるのか、狂っているのかも分からない、怪物……そうとしか思えない。


 そう考えながらひたすらに凝視していると、黒い剣士の目など見えないのに、目が合った気がした。


 黒い剣士は、こちらへ向かってゆっくりと歩き始めた。野次馬から悲鳴が上がる。


「やるしかないようだな……」


 ジェイが一歩進み出ようとする。が、それを母が制した。


「ジェイさん、いけません。命は大事になさい」


「しかし、御母堂――」


「大丈夫です。ここは、私が引き受けましょう」


 母は微笑を浮かべつつ言う。そしてすぐさま、森人の言葉で魔法を紡いだ。


 すると、周りにあった衛士たちの死体が、すっと消える。転移の魔法だ。


「聖堂へ送ったわ。魔法消去を無視するには、ちょっとだけ強めの魔法を使わないといけませんからね」


 誰にともなく説明すると、こちらへ一歩一歩近づいてくる黒い剣士へ、手を差し伸べる。その距離は、二十メートルほど。


 母は小さく、魔法を囁いた。


「鮮紅色の金蓮花」


 瞬間、母の手のひらの先から、とてつもない規模の火炎の渦が巻き起こった。それは一直線に黒い剣士を飲み込むと、炎上していた馬車の残骸と門に直撃し、大爆発を起こす。立派な門構えが、火炎渦の当たった部分だけ齧ったように抉れ飛んだ。


 唖然と、エルスウェンはそれを見ていた。母が攻撃魔法を使うことなど今まで一度も見たことがなかったことと、加えてあまりにも馬鹿げたその威力に、反応らしい反応もできない。攻撃魔法を得意とするフラウムまで、目を見開いて硬直している。


 が、炎の海となった門の傍らから、黒い剣士が全く変わらない足取りで姿を現す。見た目には、なんの傷も負っていない。


 それを見た母は、小さく嘆息した。もう一度手を差し伸べて、唱える。


「沈黙の雪中花」


 今度は、黒い剣士の周囲の空気が、銀色にちかちかと輝き始めた。と思うと、それは巨大な氷晶に変じ、次々に黒い剣士に付着して、動きを止めてしまう――


 かと思われたが、身体が凍りついていようと、構わずに黒い剣士は前進を続けている。相当な重量の氷晶のはずだが、意に介していない。


「なるほど」


 母は小さく頷くと、次は手を伸ばすのではなく、指さす形に変えた。


「夕影の桔梗」


 刹那、目が潰れるほどの閃光、そして耳が千切れたかと思うほどの破裂音――


 エルスウェンは思わず身を縮め、しゃがみ込んでいた。それは、ジェイやフラウムも同じだった。見ていないが、野次馬たちも同じだろう。本能的な防御だからだ。


 落雷――母は、黒い剣士目がけて、雷を落としたのだ。


 閃光に焼かれた目を懸命に開いて、エルスウェンは黒い剣士を探した。


 かろうじて、見える。黒い剣士は全身から黒い煙を吐き出して、膝をついていた。


「さすがに、これは効いたのかしら? エルス、フラウムちゃんたちも、目を閉じて耳を塞いでいなさいね」


 まさか、と思いながら顔を伏せて、耳を塞ぐ。


 思った通り、母は落雷の魔法を連打し始めた。耳を塞いでいても、空気を引き裂く破裂音が響く。まぶたを閉じていても、まぶたの裏が明るくなる。地面が揺れる。舗装された地面が爆裂し、砕ける衝撃が足に伝わってくる。


 尋常でない威力の魔法攻撃であれば魔法消去の加護を無視できる、と説いたのは母自身だ。それを紅髄竜の魔法攻撃に喩えていたが。エルスウェンは、この母であれば可能であるとは思っていた。


 その上で母を侮っていたわけではないが――まさか、ここまでとは思わなかった。明らかに詠唱を省略した簡単な攻撃魔法だけで、エルスウェンたちがまるで歯が立たなかった黒い剣士の魔法消去を突破してしまうなんて。


 雷は何発撃ち込まれたのか。唐突に、その全てが止んだ。


 終わったのかと、エルスウェンは目を開けて、立ち上がった。


 妙な匂いの立ちこめる空気の中、黒い剣士は相変わらず、しゃがんだままだった。その周囲の石畳は全て剥がれ、地面が剥き出しになっている。


 黒い剣士は、ゆっくりと立ち上がった。そして、また進み始める。


 母は、今度こそ大きく嘆息した。


「動きは止まりこそすれ、ダメージはなし。……そろそろやめにしましょうか。しつこい人は嫌いなのよ」


 それが魔法の詠唱だったわけはないだろうが。母は鬱陶しそうに手を振った。すると、黒い剣士はその場から、忽然と姿を消す。


 エルスウェンたちも、野次馬たちも、しばらく誰も声を出せない。


 結局質問する役は自分だと自覚して、エルスウェンは訊ねた。


「……今のは?」


 母はにこりと笑う。そして、門の向こうを顎で示した。


「使い魔を、主の元に送還する――送り返す魔法よ。正体は分からないけれど、あれはやはり、なんらかの存在に操られている死体かなにかみたいね。とりあえず、迷宮の深部にあの剣士を操るものがいるのなら、そこまで飛ばされているから。また出てくるまでは、もう少しかかるんじゃないかしら。歩いて出てくるつもりならね」


 と、話をしていると、また甲冑を鳴らす音がした。雷鳴で耳がおかしくなっているのか、聞こえ方が遠いが。


 音の方向、背後を振り返る。王宮警護の立派な装備の兵士と、それを引き連れた緑色のローブを着た、森人の男性が見える。


 エルスウェンは、すぐにピンと来た。メリディス王国の宰相であり、賢者集会の長――森人のアミディエルだ。


 彼はこちらを見咎めると、すぐに駆け寄ってきた。


「シェルフェン様! まさか、王都にいらしておいでとは! 何事でしょうか、この騒ぎは、一体なにが……」


 続けようとしたアミディエルに、母は子供を黙らせるように人差し指を立てた。


「こうなるから嫌だったのだけどね。あと、アミディエル。私の名は二度と呼ばないように忠告したはずでしょう」


「は……。申し訳ございません……」


 賢者集会の長であるその男は、地面に片膝をついて、母に頭を下げる。それを一番狼狽えた目で見ているのは彼の連れてきた兵士たちだったが。


 母は全く意に介さず、嘆息をひとつだけした。


「これだけ目撃者がいるのだから、彼らに聞けばいいでしょう。ああ……魔法を使いすぎて疲れてしまったわ。だから私は早く森へ帰らないと」


 わざとらしく、明らかに嘘を述べる母に、アミディエルは真剣に頷いている。


「かしこまりました。お身体、ご自愛くださいませ。その……一緒にいる探索者たちは……」


「私の遠い息子と、そのお友達よ。私の血を引いている子が探索者になったということを、知らなかったのかしら?」


「め、滅相もありません。エルスウェンという優秀な魔法使いの名は、確かに王宮にも聞こえております。我らが女王も、大変な期待を寄せており――」


「なら、話は早いわね。どうせ召喚があるのでしょうけれど、エルスたちを召喚するのは、明日以降にしてもらえるかしら? 今晩は久しぶりに、家族の団欒のひとときを設けるつもりですからね」


「かしこまりました。決して、邪魔はいたしません」


 それ以上の言葉はなく、有言実行とばかりに、アミディエルは母を無視して周囲の兵士たちに指示を出し始める。


 母はそれを尻目に言った。


「じゃあ、そろそろ帰りましょうか」


 ほんの散歩に出た程度の調子で、母は転移の魔法を組み始めた。



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