第26話 王都襲撃 #2
「ジェイさんを呼んできて。街へ転移するわ。フラウムちゃん、お願い」
言われたフラウムは、返事もなしに外へ出て行った。
エルスウェンは、急なことで事態を飲みこめていなかった。
「街に? 転移って、母さんも?」
「ええ。この目で見る機会のようだから」
「どういうこと?」
質問が終わらない。しかし母は、目は厳しいまま、口元だけで笑みを作る。
「ゆくゆく、分かってくることでしょう。これが大元の狙いだったのか。あるいは、黒い剣士そのものの望みであるのかもね」
言葉の意味は、エルスウェンには全く分からない。
母はとても聡明で、なにを考えているのかも分からない森人だ。時折、こちらの思慮の範囲を大幅に跳び越えた物言いをする。
エルスウェンは片手で頭を押さえて、聞き返した。
「とにかく、王都でなにかが起こるってことですか?」
そこで、フラウムがジェイを連れて家の中へ戻ってきた。
それを一瞥すると、母は転移の魔法を詠唱し始める。森人の言葉で、詩のような響きを伴った、不思議な呪文だ。
魔法を完成させる前に、母はエルスの質問に答えた。
「ええ。こればかりは見逃せないのでね。多くの人が死んでしまうかもしれないから、急ぎましょうか」
「それは……」
母がなにを言いたいのか、考えを纏める前に、転移の魔法が発動する。
景色は一瞬で生家の中から、宿屋『竜の夢』の前に変化していた。身体ごと見回して周囲の状況を確認する前に、つんざくような悲鳴が東の方から聞こえてきた。
エルスウェンは背伸びして、首を伸ばして街路の向こうを見る。悲鳴の方向から逃げるように走ってくる人、悲鳴の方向へ向かう人、両方が目に入った。
「一体、なんだ? どうなってる?」
さしものジェイも、混乱した様子だった。フラウムも似たようなもので、ジェイの言葉を聞いてようやく、東を指さす。
「門のほうじゃない? 今の悲鳴」
「そうね。では、行ってみましょうか。ジェイさん、先導していただける?」
ひとりだけ冷静な母が言う。それに全員で頷いて、ジェイを先頭にして駆け出す。
辿り着いた東門は、悲惨なことになっていた。
大きな馬車が余裕をもって通行できる大きさの門の扉が、めちゃくちゃに壊れていた。その傍らでは、壊れた馬車が炎に包まれている。
そして門の周囲には、斬り捨てられた衛士たちの遺体が散らばっていた。一面が、血と臓物の海だ。元々が何人分の死体なのかも分からない。
そしてその海の中心に立っているのは――あの、黒い剣士だった。
吐き気が、胃、そして喉へと上ってくる。
エルスウェンは、恐怖に足が竦むのを感じた。迷宮内で味わった、あの存在感そのままだ。まるで、死そのものが剣士の輪郭を持ってしまったかのような禍々しさ。なにをどうしようと倒せないと思える、その威容。
――なぜ、こいつが、こんなところに?
迷宮をねぐらとした魔物は、普通は地上へは出てこないとされている。邪悪な瘴気立ちこめる迷宮内のほうが、居心地がいいからだからだろうと考えられている。
――なぜ、こんな魔物が……? 正体は、まさか本当に……自分の父なのか?
エルスウェンが困惑していると、甲冑の鳴る音が聞こえた。それも、複数だ。
騒ぎを聞いて駆けつけた追加の衛士たちだろう。総勢で五名いる。
彼らは素早く、黒い剣士を取り囲んだ。
「なんだ、貴様は! どういうつもりだ! 名を名乗れ!」
エルスウェンは、やめろ、と思った――そいつは魔物なんだ。精々、酔っ払いや犯罪者の相手くらいしかすることのない衛士たちで手に負えるような相手ではない。
異様な光景、異様な風体の黒い剣士に、大将格の衛士の声が震えているのが分かった。それでも彼と、他の衛士は並外れた胆力でもって相対している。
「直ちに引っ捕らえろ!」
恐怖をねじ伏せるように大将格の衛士が叫ぶと、ふたりの衛士が前に出て、黒い剣士におずおずと手を伸ばす。
その瞬間、黒い剣士の持つ、黒い長剣がぬるりと動いた。
さらに次の瞬間には、衛士の腕が宙を舞っている。
「ひいっ――!」
腕を切断され、引きつり気味の悲鳴を上げる衛士たち。だが、悲鳴は長く続かなかった。返す剣で、一度にふたりの首が跳ね飛ぶ。
野次馬たちの絶叫が、響き渡る。
「くそっ、やめろ……!」
エルスウェンは呻いて、前に出ようとした。が、ジェイ、母が腕を伸ばし、進路を遮ってくる。それにもどかしく叫ぶ。
「助けないと!」
「できることはない。ヤツの刃圏に入ってしまったのが、運の尽きだ」
ジェイの声もまた、絞り出すような声だった。そうして話している間に、呆然と立ち尽くす衛士ふたりが斬り捨てられ、最後に大将格の衛士が縦に真っ二つにされる。
その様子を見て、集まっていた野次馬の市民たちが一斉に悲鳴を上げて、逃げ惑い始める。黒い剣士は静かに衛士たちの死体を見下ろして、佇んでいた。幸いにも逃げる市民を追いかけて殺傷するつもりはないようだった。
大勢いた野次馬が退いて、東門の周りは、エルスウェンたち四人と、それをさらに遠くから囲む野次馬という図式になった。衛士たちが追加でやってくる様子はない。あるいは、野次馬たちに紛れて怯えているか。
黒い剣士は、しばらくじっとしていたが首をぐるりと回した。そして、エルスウェンたちに向き直る。




