第135話 手を取り合って #2
それをなにも言えずに眺めていると、ラークが言ってきた。
「エルス、君も子供の頃はこんなふうに焚きつけられて、鍛えられたんだろ?」
「ああ、うん。よく分かったね」
そう答えて、ピンときたものがあった。質問を返す。
「ひょっとして。ラークのお母さんも?」
「ああ。そうなんだよ。単純なものだったけどね。弓矢のトレーニングのときに、きちんとできたら本やおもちゃを買ってくれたりとか」
「定番だね。夜のごはんを、好物にしてくれたりとか」
「はは、あったあった」
話していて、手持ちぶさたにしているシャルロッテが気になった。声をかける。
「シャルロッテは、こういう美容のものには興味がないのですか?」
「え? ああ、ええっと……。そうですね。あまり、詳しくなくて」
「へえ。そんなに綺麗なのに、手入れとかはしていないんだね」
ラークも乗ってくる。シャルロッテは恥ずかしそうに頷いた。
「あの、いつも寝てばかりいて……そういうことに気を遣うこともなかったのです。シャーロットは、私よりもそういうことに詳しいんですが」
それを頷いて聞きながら、エルスウェンはシャルロッテの顔に魅入っていた。
彼女の肌は、絹のように柔らかそうでいながら、白磁のように美しい。くりっとした大きな瞳は、どんな宝石よりも輝いて見える。化粧や手入れをなにもせずにここまで美しいというのは、一種の奇跡のようなものなのだろう。(母の美容アイテムに気炎を上げる女性陣を横目に見ていると、なおさらそう思える)
そういえば、女王陛下もほとんど化粧気はなかったことを、エルスウェンは思い出した。この美貌というのは、正しく遺伝してきたものなのだろう。
だが、それよりも。シャルロッテの真の魅力というのは、外見などではなく、その内面にあるのだと思う。
王女という立場でありながら、自然と周囲を思いやる姿勢が身についていて、それでいて、好奇心の塊のようで――
と。
「そうか。それなら、これから体調がもっと良くなって、おめかしをできるようになるといいね。それでこうして、外を出歩いたり。な、エルス」
いきなり、なぜこっちに振ってくるのかと思ったが、それを聞いてかシャルロッテも、こちらに言ってくる。
「エルスさんは……あの、こういったことも覚えたほうがいいと思いますか?」
そんなことを訊かれても、どう答えればいいか分からない。
ただ、迷いつつ言葉を選ぶよりは、感じたままを答えたほうがいいと母から聞いたことがあった。その通りにしてみる。
「シャルロッテは綺麗だから、必要なさそうに見えますけど……そういうケアを覚えたら、もっと綺麗になるんでしょうね。だから、覚えてみるのもいいんじゃないかと思います。たとえば母なんかは、美容に凝ること自体が趣味みたいなもので。こういうのって、単純に楽しいんだろうな、とも思いますよ」
「そっ……そうですか。それなら……ちょっと、覚えてみようかしら……?」
頬を染めてはにかむ王女に、こちらも笑顔で頷く。
幸いフラウムたちは美容アイテムのお蔵出しに夢中で、こちらを見ていない。
と、シャルロッテはテーブルの上の大皿に出されたお菓子を示して、聞いてきた。
「あの、エルスさん。母と会ったのですよね。なにか、言ってませんでしたか?」
シャルロッテ、シャーロット双方に、王宮で女王と鉢合わせして話をしたということは説明してある。このお菓子をもらったことも。
「ちょっと心配していましたね。でもなんていうか、面白そうにもしていたというか……そんな感じでしたよ」
「そうですか。そろそろ、帰ったほうがいいのかしら……。でも、シャーロットは解呪魔法の練習がありますよね。それなのに、私だけ帰るっていうのも……」
「用事があるのなら僕の転移魔法で、王宮までいつでも連れて行けますから。心配しなくとも大丈夫ですよ。好きなときに、戻ればいいんじゃないでしょうか」
シャルロッテを引き留める方向のことを喋っているのは、意識してのことではなかった。ただ……なんとなく、そう言ってしまった。
それを聞いて、シャルロッテは申し訳なさそうな顔をした。
「それは、ご迷惑じゃありませんか?」
「僕は大丈夫です。魔力は無制限ですから、王宮までの転移なんて、苦でもありません。だから、お気になさらず。家のことなら、母は、意外と賑やかなのも好きですから。それこそ、全然気にしなくていいですよ」
「そうですか。じゃあ……シャーロットと一緒に、もう少し、ここにいても……いいでしょうか。もう、私がお役に立てることは、あまりないと思うのですが」
言って、シャルロッテは家を見回した。
「なんというか……その、とても落ち着くんです。エルスさんのお家。結界が張られていて安心ができる、ということだけでなくて……説明が難しいんですが」
「気に入ってくれたのなら、僕も母も嬉しいです」
言って、さらに言葉を継ぐ。
「退屈なら、ここの本を読むといいですよ。いくらでもありますし、シャルロッテは本が好きなんでしょう? ここにあるものはきっと、王宮にある本とは毛色が違うでしょうし。読んだことのないものばかりだと思います」
「あ……いいんですか! 本当は、読んでみたいなって、ずっと思っていて、でも勝手に手に取るのは失礼かなと思って我慢をしていたんですが……」
シャルロッテは胸の前で手を組み合わせて、ぱあっと顔を明るくした。それを見て、思わずこちらも笑顔になる。
「全然、好きに読んでください。魔法の専門書だけじゃなくて、生活の知恵から詩集まで、ジャンルはめちゃくちゃですが、あらゆる本が置いてありますから」
「はい! わあ、楽しみです……!」
またキラキラと目を輝かせて大広間の書架を見つめてから、シャルロッテは恥ずかしそうに肩を縮めた。
「も、申し訳ありません。はしゃいでしまって……」
「いえ、そんなに喜んでくれるなら、母もこれだけの蔵書を溜め込んだ甲斐があると思います。ぜひ、有効活用していただけたら」
「はい。ありがとうございます」
丁寧に言うシャルロッテを見ていて、ふと女王の、婿に来ないかという言葉を思い出す。
馬鹿げている話だが、きっと、シャルロッテのような人と一緒の人生を送れるのなら、それはとても楽しいことだろうなと思う。いくらなんでも、王族の仲間入りをするというのは畏れ多すぎるが。
それに自分の血が王家に入ったら、子孫はみんな短命になってしまうだろう。そんなことになれば、メリディス王家の落日の始まりだ。
――と、考えて。
自分だけでなく、シャルロッテにも身体の問題があることも、思い出した。
だからこれは……彼女が気になるのは、恋愛というよりは一種のシンパシー――同情や共感のようなもののせいなのだろう。
エルスウェンは長く生きられない。
だが、目の前の王女には、もっと生きていてほしい――そう思った。
彼女の笑顔が曇るようなことは、あってほしくない。
そのためには、黒燿の剣士を倒さねばならない。
自分の決着をつけるためだけでなく、シャルロッテのことを思うと、さらに気持ちが強くなるような気がした。
と。女性陣から歓声が上がった。
「よーし、じゃあ早速覚えようぜ! やる気出てきたー!」
「やりましょう! キャリス! 早く教えなさい!」
「お願いします! キャリスさん!」
「さあ、これで黒燿の剣士の討伐が近づくなら、やらねばなるまい!」
「え、ええ……。では、まずは呪文とイメージの説明からですが……」
女性陣の熱量に、完全に圧倒されているキャリスだったが、未識別の呪いの解呪魔法の説明を始めている。
アガサが、こちらへ話しかけてきた。
「エルスくん、あの、双調魔法のチェックをしておきたいのですが……」
「はい、分かりました」
それに頷いて、シャルロッテとラークを見た。
「じゃあ、シャルロッテは、自由に本をどうぞ。ラークは……」
「ぼくが一番ヒマだな。外で動物たちと昼寝でもしてくるか」
言って、彼はちらりと女性陣を見た。
「美容アイテムの争奪戦が始まる時に起こしに来てくれよ。面白そうだからぜひ見てみたい。人の本質ってものに触れられそうだ」
そんな大それたものだろうかと思うが、彼の言っていることも分かる気がした。……好きこのんで見たいかどうかは微妙だが。
とりあえずそれには頷いて、ラークを見送ってから、エルスウェンもアガサと双調魔法の訓練に入る。
黒燿の剣士の討伐には、確実に近づいている。
……はずなのだが、ここに来て、なんだか遠ざかったような、妙な感覚を味わっているエルスウェンだった。




