第132話 戦士の魂 #1
「オアアアァァァ――!」
雄叫びと共に、マイルズの木剣がジェイに振り下ろされる。
ジェイはそれを半歩下がり、わずかに上体を反らせるだけで躱してみせた。
剣先が地面を擦るその瞬間に、剣が跳ね上がった。
凄まじい速度で返しの剣がジェイを襲う。が、彼はそれも、あっさりとくぐるようにして回避をしてみせた。
動きに、全く無駄がない。
マイルズの剛剣を、ゆっくりと避けている――ようにさえ見える。
完璧な読みと、最小限の動きがそう見せているのだ。
忍者だというジェイの戦闘技術を初めて目の当たりにしたファルクは、驚きのあまり声も出せなかった。ただ、釘付けになって見ていることしかできない。
――こんな戦い方があるのか。
前衛の連携術を身につける前にまず、戦いの中での呼吸の読み方、合わせ方についての説明を、ジェイは始めた。まず、呼吸について理解をしてもらう――彼はそう言った。
説明といっても、言葉を尽くしての説明ではない。
彼はいきなりマイルズを指名して、全力で斬り掛かってこいと言った。
ジェイは、マイルズの呼吸を読むことで、そのすべての攻撃を回避すると豪語してみせたのだ。
マイルズは売り言葉に買い言葉で了承した。
それから、三十分が経っていた。
ジェイは見事に、相手がマイルズであろうと、呼吸を読むことで攻撃はすべて回避できることを証明してみせていた。
渾身の剣を躱され続けているマイルズは、肩で息をしている。
ジェイのほうは、汗ひとつかいていない。エルスウェンとここに来た時と全く同じ、涼しい顔のままだ。
必ず一太刀浴びせてやると意気込んでいたマイルズだが、さすがに疲労の色が窺える。彼といえど、剛剣を三十分も振り回し続けることはできないようだった。三十分続けられることも異常ではあったが。
構えを解いて、はあ、と息をついて、マイルズはこっちを向いた。
「くそ、本当に当たらねえな。ベルハルト、交代だ」
「あいよ」
マイルズは、案外あっさりと引き下がった。代わりに木剣を肩に担いだベルハルトが前に出ていく。
ファルクの隣まで来ると、マイルズはどっかりと地面に腰を下ろした。ちらりとファルクを見て、苦笑する。
「ありゃあ、大したもんだな。ことによると、ドゥエルメのオッサン以上かもしれねえ。ただ者じゃあねえと思っていたが、さすがだな、ニンジャってのは」
「そうなんですか?」
「ああ。オッサンに言われたことが、ジェイを相手にして、ようやく身に沁みて分かってきやがった。俺の剣は、人相手には無駄が多すぎるんだってな」
言ってマイルズは、右手をなにかを握るような形にして、ひょいひょいと振った。
「ガキの頃、虫取りをしてたときのことを思い出すな。ひらひらと目の前を飛んでるチョウチョが、なかなか捕まえられねえんだ。むちゃくちゃに網を振り回しても、まるですり抜けるみたいにな、避けてどこかへ飛んでいっちまう」
マイルズは言いながら、笑みを浮かべていた。それこそ、虫取りに夢中な少年が見せるような、そんな朗らかな笑顔だ。
「楽しそうですね、マイルズさん」
「ああ。面白い」
マイルズは素直に、それを認めていた。意外というわけでもなかったが、剣にプライドを持っていそうなこの人が、ジェイに一度も剣を当てられずに引き下がり、面白そうに、嬉しそうにしているのは、なぜなのかと思う。普段の彼のイメージでは、怒り狂いそうに思っていた。
マイルズは、ファルクの心の裡を読んだように言った。
「向上の余地があるってのは、いいもんさ。迷宮の魔物相手に剣を振り回して無敵を気取ってるなんかよりも、よっぽどな。まぁ、そっちは幸せな死に方のひとつではあるだろう――ザコ相手に調子に乗ったまま、テメエの間抜けさに気づかないまま逝くってのはな」
おなじみの皮肉な調子で言ってから、彼は笑みを不敵なものに変えて、ファルクを見てきた。
「ファルク。お前はいいツラになった。黒燿の剣士にぶっ殺されてな。俺はお前を侮っていた。まだまだよちよち歩きのひよっこだってな。悪かった」
「いえ、そんな……。まだまだ、ひよっこです。俺なんて」
マイルズにそんなことを言われると、むしろ気味が悪い。慌てて首を振ると、マイルズはおかしそうに笑った。




