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薄明の魔法使い #0 竜骸迷宮と黒燿の剣士  作者: 式見 汀花
Ⅲ 手を取り合って

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第130話 キャリス #5

「私は、母にかけられた外法を解呪し、単なる死体へと戻しました。父が使った外法は、さっき説明したものの、ひとつ目の方法でした。擬似的に母の魂を魔法で再現し、それを肉体へ宿らせるという……もっとも成功率が低く、もっとも難易度の高い外法です」


 それには、どんなイメージや、どれほどの魔力が必要なのかはエルスウェンには想像もつかなかった。聞いただけでは、魔法でできるようなことにも思えなかった。


 キャリスの父が、歴代でも最高の実力を持つ大司祭であるからこそ、可能だったのだろう。


 かつては禁忌を犯したものをただすための志に燃えていたはずの父を、その技術でもって糾さねばならなくなったキャリスの気持ちは、想像すらできなかった。


「術を外され、擬似的な魂が霧散した母は……一瞬にして、腐った死体へと変貌しました。私は、父の目の前で解呪を実行しました。現実を目の当たりにすることで、父が正気に返ってくれるのではないかと期待していたのです」


 が、キャリスは首を振った。


「ですが――私のやったことは……父を正気に戻すどころか、更なる深淵へと突き落とすような……そんな行為だったのです。父は激しく怒り狂うと、私に向けて空刃魔法を使いました」


「そんな」


 エルスウェンが言うと、キャリスはまた首を振った。


「家の中で竜巻が起きた結果、すべてがめちゃくちゃになりました。私は全身を斬り刻まれて倒れ……父もまた、全身を負傷していましたが……私に馬乗りになると、首を絞めてきました」


 そこまで喋ると、キャリスの目の涙は乾いていた。いつもの冷静な彼の顔に戻っていた。その顔で、静かに続けていく。


「このまま殺されてもいいと思ったんです。仕方がないとも、思ったんです。が……伸ばした指先に、なにかが触れて――それがキッチンナイフだと気づきました。母が……いつも料理に使っていたもので、死後は一度も、誰にも触れられなくなったまま、台所に置かれていたものです。それが、なぜそのとき私の手に触れたのか……」


 普通に考えれば、空刃魔法の風で飛ばされてきたのだろうが、キャリスはもっと違う意味を見い出しているような、そんな口調だった。


「……私は、そのキッチンナイフを握り、父の胸――心臓へと突き立てました」


 キャリスは、静かに結んだ。


 風が、また静かに吹き抜けていった。


 温い風が止むのを待ってから、キャリスは言った。


「キッチンナイフを伝って、蛇口のように血がほとばしり……父は信じられない、という顔をして、倒れました。そこで、私は……私のやったことを理解して、父を助け起こしました。すぐに、治療の魔法を使おうとして――ですが父は、瀕死のまま、首を振りました」


 キャリスは、声を震わせると、少し止まった。


 何秒か待って、喋り始める。


「騒ぎを聞きつけた司祭たちが、家へ踏み込んできました。父は、それに気づいていない様子で……私に言いました。すまなかった、と……。できればこのまま、あいつの元へと送ってほしいと、言いました……」


 キャリスは、天を仰いだ。


「私は従いました。せめて、苦痛を和らげるための魔法を、父にかけて……。すると父は微笑んで、私の名を呼んで……もう一度だけ『ありがとう、すまなかった』と言ってから、事切れました」


「キャリス……」


「私は……正しかったのでしょうか。父の言うことに逆らって、治すべきだったのでしょうか。父の望み通り、母の元へ逝かせたのは……誤りだったのでしょうか。そもそも……母にかかった外法を解呪したことこそが、誤りだったのでしょうか……」


 分かるわけがない。


 その問いには、それこそ神であろうと、答えることはできないのではないか、という気がした。


 エルスウェンは、キャリスの決断を尊重したかった。愛する家族に対する決断に、他人が口を挟めるわけがない。


 目を伏せると、ロイドが泣いているのが見えた。エルスウェンも、それを見たあと、自分が泣いていることに気がついた。


 キャリスはこちらを見て、申し訳なさそうに苦笑した。


「……こんなことは、話す必要はなかったかもしれません。ですが……これが、私が外法の解呪魔法をすべて使える理由です」



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