第129話 キャリス #4
「……父は、本当に優秀な大司祭でした。父だからと、贔屓をしているわけではありませんよ。父が大司祭であった期間の蘇生成功率は、他の歴代の大司祭のそれと比べて、五パーセントほど高かったのです」
「それは……本当に、優秀なお父さんだったんですね」
エルスウェンは頷きつつ、彼の家族の話へ戻ったのだと理解する。
キャリスは眼鏡の位置を直すと、続けた。
「司祭は、妻帯することを禁じられてはいません。むしろ、奨励されています。なかなか、外部から司祭になりたいという者はいませんから。昔から今に至るまで、世襲した司祭ばかりなんです」
エルスウェンはなるほど、と思った。
司祭という職を一族で守っていくということは、儀式におけるイメージの共有などもやりやすくなるだろう。聖堂内部の連帯も深まっていくはずだ。
「父は、三十手前で妻帯しました。母は父よりも年下で。子供の私から見ても、深く愛し合っていた、仲睦まじい夫婦でした。修行のときや、仕事のときに笑顔など見せない父が、母と一緒のときは常に笑顔を浮かべているほどでしたから」
少しずつ、話が見えてきた気がした。
「その……お父さんは、お母さんが流行り病で亡くなってしまって……どうなったんですか」
キャリスは、ゆっくりとかぶりを振った。
「簡潔に言いますと、狂ってしまいました」
その言葉に、エルスウェンはどきりとした。
てっきり、最愛の妻を亡くしたショックで身体を崩してしまい、自身も病に――そういう話だと思っていたからだ。
「……狂った?」
「はい。妻を亡くし、傷心のまま市井の病を癒やそうと奔走している間に……。私自身も、司祭として忙殺されていましたから。家になかなか帰ることもできず、父の様子が変わっていったことに気づけませんでした」
キャリスの声は、震えていた。
「ある日、私がようやく家に帰ると――母が出迎えてくれました。生前の母と全く同じ顔、声で『お疲れさま、キャリス』とね」
言って、キャリスは気づいて付け足した。
「大司祭は寄宿舎に住む義務はないんです。聖堂の近くに、私の家族は家を持っていました。修業時代の私は、もちろん寄宿舎で寝泊まりをしていましたが。司祭となってからは宿舎を出て、三人で家で暮らしていたんですよ」
それから、彼は話を戻す。
「私は混乱しました。母が死んで、一週間以上が経っていたからです。そして、母は一般人であり、探索者ではない……当然、生前に蘇生のための加護、祝福を受けているわけがありません」
「……それは。まさか……お父さんが?」
キャリスは唇を引き結んで、頷いた。彼は、頭痛を抑えるように、こめかみに手をやり、搾るように声を出した。
「母が亡くなった翌日のことが……その日の朝の光景が、ずっと頭に焼きついて離れないんです。私が、父の寝室を訪ねると、父は、静かにベッド脇に立ち、なにも言わず。全くの無表情で……ベッドの上の母の亡骸を見下ろしているんです」
エルスウェンは、できるだけその光景を想像しようとしてみたが、とても推し量れそうになかった。
「そのときに気がつくべきでした。父の顔は、どこか超然としていて……しかし、あれは……完全に狂気に取りつかれようとしている人の顔でした」
キャリスは首を振った。
「……話を戻しますね。私は信じたくありませんでしたが、母がいわゆる外法で蘇ったことを認めました。そして、それをやったのは父だということも、理解していました。が、父を問い詰めても、母は元から死んでなどいなかったの一点張りで。完全に精神に異常を来してしまっていました」
やるせなさに、エルスウェンはキャリスの顔を見上げた。
彼もまた、悲痛な顔でこちらを見てきた。
「……父を責めたくはありませんでした。父は……大司祭であり、あらゆる回復、治療の魔法に通じていました。誰よりも巧みに、それらを使いこなせました。力のある人が、そうできるのだという誘惑にさらされた時、はたしてそれに逆らえるのか? 父は……逆らえなかったのでしょう」
「……それで、どうなったんですか?」
「私は、流行り病の治療の一方で、死者に干渉する外法について調べました。そして……独学で、解呪方法を身につけることに成功しました」
「どうやって、ですか?」
「聖堂の書物には、外法についての記述のある本がいくつかありました。ですが、最終的に決め手となったのは、父の書斎だったんです。父は……外法に関する研究に一時期凝っていたことがあったのだと、父本人から、直接聞いたことがありました。父が司祭としてまだ駆け出しだった頃、この王都の近くの町で、外法を使った騒ぎがあったそうです」
キャリスは顔を歪めると、続けた。
「父は事態の収拾を志願して、解呪のできる司祭と共に、その町へ派遣されたそうです。そこで起きたことを目の当たりにして、死者を弄ぶ愚かな行いは、絶対に許してはおけないと学んだ、と言っていました。それからは、様々な書物を独力で集めて、あらゆる外法の解呪を身につけ、外法を使用する事件が起こるたびに、積極的にそれを糾そうとしてきたのだ、と……あの父にしては、感情を隠さず……むしろ高揚した様子で、私に聞かせてくれたことがありました」
自嘲のようなものに顔の歪みを変化させて、キャリスはさらに続けた。
「事実、父のその働きで、外法を用いた事件は、この王国からはほとんどなくなりました。過去の事件を辿っても、ここ二、三十年で激減していることが分かるのです。最近のものを見ても、十年前に一件、発生しただけで、他には起きていません」
その一件というのが、キャリスの父が、母に外法を使用した事件、ということなのだろう。エルスウェンは、胸が詰まる思いだった。なんという皮肉なのか。
エルスウェンがなにも言えずにいると、キャリスは表情をさらに変化させた。
苦しそうに、唇を震わせながら、キャリスは言った。
「聞かせてくれたのは、まだ私が十歳ほどの頃ですが……私は……それを覚えていたんです。それを話す父の、正義に燃えていた眼を……」
堪えきれずに溢れた涙が、キャリスの頬を一筋伝っていく。
「高潔で、誰よりも司祭の仕事に信念を持っていると信じていた父が……まさか、外法を使用して母を蘇らせるなんて、思いもしませんでした。そして同時に……許せませんでした。私は、私にできる最大限のことをしようと……心に決めました」
キャリスは指で涙を拭うと、続けた。




