第128話 キャリス #3
「……ありがとうございます。ここに眠っているのは、私の母と父です」
と、キャリスは目の前の墓石を示した。そこには、キャリスの父と母の名前、それぞれの生年と没年、死者への祈りの言葉……そして、聖堂の紋章である、オリーブの枝に抱かれた鳩が彫られていた。
エルスウェンはキャリスの隣に並んで、墓に祈りを捧げた。
それから、真新しい花が供えてあることに気づいた。今日、キャリスが供えたのだろう。地を這うように吹く緩い風が、その花弁を揺らしていた。
それを見ながら、キャリスが続ける。
「父は、聖堂の大司祭でした」
「大司祭?」
思わず、エルスウェンは聞き返した。
キャリスは静かに頷く。
「はい。私は父の下で、私もまた司祭となるべく、幼少期から、厳しい修行を受けて育ちました。……いえ、自分で言うことではないかもしれませんが、本当に厳しかったものでね」
小さく笑って、キャリスは息を吐いた。
「恨んではいませんよ。物心ついた時から父は高位の司祭であり、私が十を数える頃に大司祭となっていました。それを純粋に尊敬していたし、立派な人だと思っていました。……いつか父のような司祭となるために、と思えば、厳しい修行は……なんてこともありませんでしたね」
「外法の解呪は、そのときに、お父さんから?」
「いいえ……違います」
てっきり、自分がそうであったように、大司祭になるほどの父親から技術を伝えられたのかと思っていた。エルスウェンが古代の魔法を遠い母から学んだように、キャリスも父から解呪を学んだのだと。
では、誰から学んだのだろうか。外法の解呪魔法は高度な魔法なのだから、誰かから学ばなければ使えないはずだ。
そう思っていると、キャリスが先を続ける。
「私は、十八で司祭となりました。そして、二十歳で儀式への参加を許され……二十二まで、司祭を続けました」
「キャリスって……正確には、今何歳なんだっけ?」
「今年で三十二です」
では、十年前に司祭を辞した、ということか。
キャリスは、さっき司祭として儀式に参加するには、少なくとも十五年は修行が必要だと言っていた。
二十歳で儀式への参加を許されるというのは、すごいことに聞こえる。
おそらくキャリスは、大司祭の息子として――その衣鉢を継ぐ者として、将来を嘱望されていたはすだ。
それなのに、わずか二年のキャリアだけで司祭を辞したとは、どういうことか。
気になったのは、それが十年前、ということだ。
「十年前に、なにかあったんですね」
エルスウェンが言うと、キャリスは頷いた。
「はい。十年前、ここ、王都を流行り病が襲いました」
エルスウェンは、墓石を見ていた。
父と母の墓石に記されている没年は、ちょうど十年前だ。
キャリスの母の死から、一ヶ月後に、父が亡くなっているのが分かる。
「お父さんとお母さんは、その流行り病で?」
「……母は流行り病で命を落としました。私と父が必死に看病をしていたんですが、我々は母だけを看ているわけにもいかず……どうしようもありませんでした」
当時は完全に医療体制が崩壊していた、と女王も言っていた。
市井の医師だけでなく、司祭などが八方手を尽くしても追いつかなかった地獄絵図というのが、陛下の話から想像できる。
合わせてエルスウェンは、流行り病の話が、様々なところで顔を出してくることにも驚いていた。黒燿の剣士の討伐が終わったら、自分なりに詳細を調べてみたい――そう思い始めていた。
「キャリス自身は、大丈夫だったの?」
「ええ。私は病には罹りませんでした」
「ロイドは?」
「俺? うん、平気だったよ。元々、俺って全然病気したことがなくてね。でも十年前、あれはひどかったよ……。エルスウェンは、まだ子供だったろう?」
「ああ、うん。外れの、母の家に住んでいたから。あまりよく知らないんだ、流行り病については。どんなふうだったの?」
話を振られて、ロイドは身振りをつけて喋り始めた。
「もう……街自体が迷宮内の瘴気に覆われてるみたいな、そんな感じだったよ。天気もどんよりとしてね。病気で死んじゃった人の死体は全部焼かないといけないって王宮がお触れを出して。で、焼却待ちの死体が、聖堂にはもう……溢れるくらい、積みあげられててね。王都からは毎日、それも一日中、この墓地の方角から死体を焼く煙が上がっているのが見えたよ」
「それは……ひどいね」
「ひどかったよ。俺は病気にはならなかったけど、もう……街の様子を見てるだけで具合が悪くなっちゃうくらいだった」
言って、ロイドは目を墓地の遠くへ向けた。
「俺、十年前は駆け出しの探索者でさ。パーティに入れてもらってたんだ。でも……その時に組んでた仲間は、みんなこの時、病気で死んじゃったんだ。……ジェイスン、ミーニ、ニズル……みんないい人だったんだけどな……」
この墓地に、その仲間は埋葬されてはいないだろう。
探索者は灰にされ、空へ撒かれることになるからだ。遺族が特別に作ろうとしない限り、探索者に墓はない。
ロイドはきっと、この墓地に吹く風の中に、かつての仲間たちの姿を幻視しているのだろう。
病死してしまえば、探索者であろうと蘇生は適わない。
ロイドの視線を追い、エルスウェンも風に祈りを捧げた。
それから、訊ねる。
「どうやって、流行り病を抑えこんだの?」
「さあ。二ヶ月くらい続いたのかな。いつの間にか、ぴたりと止んだんだよね」
ロイドはキャリスを見上げた。キャリスは頷くと、教えてくれた。
「アミディエル様が、王都に結界を施したのですよ。そして、醸造所から取り寄せた大量のアルコールと魔法で街中を消毒し、ネズミなどを駆除して回り……それでどうにか、災いは止まりました。最終的に街の人口は、二割近く減少したそうです」
尋常でない被害だ。エルスウェンは黙って首を振るしかなかった。
それを立て直した現女王の苦労も偲ばれる。シャルロッテ、シャーロットがよく無事でいてくれたとも思った。
マイルズやラティア、フラウムたちもなんらかの被害にあっているのだろうか。
気になったが、キャリスの話の続きを待った。
彼は両親の墓石を見下ろしながら、口を開いた。




