第124話 禁忌 #2
「エルスウェン君は、聖堂の儀式がどういうものか、知っていますか?」
「……いえ、詳しくは。大司祭と、複数の司祭が協力して執り行うものだということは、聞いたことがありますけど」
唐突な話に困惑しながらも、エルスウェンは答えた。
『祝福の聖堂』の儀式には、蘇生の儀式、解呪の儀式がある。
その儀式の内容は、一般には秘匿されている。探索者に対しても同様だ。
儀式の最中には、聖堂の儀式の間には司祭たち以外は立入禁止であり、部外者は近寄ることすら禁じられている。
禁じられているが、人の口に戸は立てられない、と言われるように、ほんのりと噂のような形で広まってはいる。エルスウェンもその程度であれば、耳にしていた。
「それで十分です。儀式は秘匿されていますが、そこで行われていることはごく単純なものなのですよ。大司祭の詠唱に合わせて、司祭たちも魔法を詠唱するだけですから。ですが、この形式というのが……」
「双調魔法と、同じだということですか」
エルスウェンの言葉に、アミディエルは頷いた。
「私も、双調魔法というものをこうして知り、驚きました。聖堂は間違いなく、双調魔法を参考にして儀式というシステムを構築したようです」
アミディエルは、やや興奮気味に続けた。
「探索者という制度を作るにあたって、賢者集会が特に腐心したのが、探索者を蘇生させるための方法を作る、ということなんです。少し、話が逸れますが。当時は、迷宮に挑んでも帰ってこないもののほうが多かったんですよ」
「それは……第一階層、第二階層でもですか?」
「ええ。迷宮の第一階層、第二階層は、今よりも数段危険でした。現在は完全に踏破されていますがね。そして、生還者よりも死者のほうが多い状態では、迷宮へ挑もうとする者も徐々に減っていく。これを打開しなければならなかったのです」
エルスウェンは頷いて、アミディエルを促した。
彼も、講義をするような調子で言葉を紡いでいく。
「そこで考案されたのが、『指輪』と『蘇生の儀式』です。現在、探索者の資格として、認可を受けると共に配布される指輪ですが、この時に生まれました。死体の回収を容易にするためです」
探索者の資格を証明するものであり、迷宮探索時には所持を義務付けられている指輪――
エルスウェンはなんとなく、自身の右手の人差し指に嵌められたそれを意識した。
アミディエルは続ける。
「所有者の現在位置が分かるように加護が込められた指輪によって、死体の位置が分かる。同時に王宮は特殊な部隊である『慈悲の手』を発足させます。そして、最後の仕上げとして、死者蘇生のための方法を構築することが急務でした」
「……死んでも生き返ることができるのなら、安心して迷宮へ挑める……」
エルスウェンの呟きに、アミディエルは頷いた。
「しかし、いかなる奇跡を起こせる魔法であろうと、死者を生き返らせるということは不可能です。方法を追い求めることすら、大きな禁忌とされてきました」
それは奇しくも、先ほど女王と話したことだった。
生老病死という、根本的な摂理を覆すことは不可能だ。
だが、現実として、聖堂は蘇生の儀式を行っている。
探索者限定の事柄であるからとエルスウェンはこれまで、特に意識してはこなかった。失敗することもあるし、絶対的なものではないのだからいいのだろう、くらいの気持ちですらいた。
だが、考えてみればそんなことで許されるわけはない。
――自分たちは禁忌を犯している。
それに気がつくと、背中に冷たいものを感じた。
エルスウェンは戦慄しつつも、アミディエルの言葉を待った。
「当時の賢者集会は、その答えを双調魔法に求めたというわけですね。そう考えると、聖堂のしきたりすべてがそのためにあるのだと分かります」
「しきたり?」
司祭の生活や、ルールというものをエルスウェンは全く知らなかった。
僧侶らしく、なんらかの戒律に縛られているのだと言われれば、なんとなく納得してしまいそうにはなるが、それがなんなのか想像もつかない。
「はい。彼らは聖堂のすぐ隣りに建てられた寄宿舎で生活しています。司祭を志す者たちもそこで寝泊まりし、聖堂で先達たる司祭たちに師事し、やがて、新たな司祭となるわけです」
それくらいは、エルスウェンも知っていたので頷いた。
「そこでは、禁欲的で実践的な、聖職者らしい清貧な生活を送ることが義務とされます。つまり、徹底的に個人としての意識を捨て、聖堂の司祭のひとりとして生きるための教育を施されるのです」
「それは……」
エルスウェンは絶句した。
聖堂で司祭たちと、挨拶程度ではあるが会話をすることもある。大抵、無味乾燥としたやり取りになるのだが、アミディエルの話を聞くと、違った側面が見えてくるようだ。
そう考えていると、アミディエルが訊いてきた。
「お気づきになりませんか? エルスウェン君。賢者集会は、そういうものとして聖堂を作り、司祭たちを育てました」
「……双調魔法だったんですね、儀式は。司祭たちを個人としてではなく、集団のひとつの部品として育てる……。そうすることで、イメージの共有だって、自然と成せるような集団を造ることができる……」
「そういうことです。双調魔法は、凄まじい効力を持つ魔法を使用できるのだと推察されます。それこそ、修行した司祭が複数人で取り組めば、さまよえる魂を肉体へと戻すことすら、可能なのではないでしょうか。私はこうした詳しい理屈を知り得ませんでしたが、当時の文献には、儀式の完成には五十年を費やしたと書かれていたのを覚えています」
「……五十年」
「ええ。信頼できる成功率に達するまで、それだけの月日が費やされたそうです」
「……いいんでしょうか。そんなことをしても」
思わず、口をついて出た言葉だった。
アミディエルも、微妙な顔をして首を振るばかりだ。
「背に腹は代えられなかったのでしょう。当時の賢者集会の苦悩は儀式から見てとれます。なんとか、蘇生に制限をかけようとしていますからね。加護と祝福の儀式を受けた探索者しか蘇生することはできない。蘇生ごとに加護と祝福は薄まる。時間の経過によっても薄まる、死因によっては蘇生が不可能、など……」
ふう、とアミディエルは大きく息をついた。
「私も疑問に思っていましたよ。古文書には、古代の文明は数々の禁忌を克服しようとしたがために、破滅の使者によって滅んだとあります。ならば……我々の迷宮探索は、どれほどの禁忌を犯しているのでしょうね」
私も疑問に思っていた――というのは、先のエルスウェンの疑問に対する回答だと分かった。
この賢者も、蘇生の儀式については詳しい術理を理解できていなかったが、それを理解してしまった今、思いを馳せずにはいられないのだろう。




